299 「ニューグラス」への道(その18)

バーズ、カントリー・ロックへ移行(前編)

1968年になってバーズにグラム・パーソンズが加入してきます。パーソンズはそれまで、マール・ハガードやバック・オゥエンズらの曲をロックのスタイルで演奏する「インターナショナル・サブマリン・バンド」というグループを主宰していました。このバンドは1967年にデビュー・アルバムのレコーディングに取りかかります。

ところがパーソンズはレコーディング直後、「インターナショナル・サブマリン・バンド」の活動に飽き、折からクリス・ヒルマンの誘いを受けてバーズに移籍してしまいます。パーソンズ移籍後の1968年春に「インターナショナル・サブマリン・バンド」名義でリリースされたのが『セーフ・アット・ホーム』(Safe At Home)でした。これは今では世界初のカントリー・ロックのアルバムだと言われています。

a0038167_14304320.jpgさて、パーソンズがバーズに移籍してから作られたアルバムが『ロデオの恋人』(Sweetheart Of The Rodeo)でした。このアルバムはナシュヴィルで録音され、以前のサイケデリックな作風から一転、パーソンズ好みのカントリー要素が色濃く反映されています。

レコーディングには、マッギン(ギター)、ヒルマン(ベース、マンドリン)、パーソンズ(ギター)の主たるメンバーに加え、ロイド・グリーン(ペダル・スティール)、ジョン・ハートフォード(バンジョー、フィドル)、クラレンス・ホワイト(ギター)らが名を連ね、さらに「インターナショナル・サブマリン・バンド」でのレコーディングにも参加していたペダル・スティールのJ.D.メイネスとピアノのアール・P・ボールも顔を連ねていました。

アルバムはヴォーカルも演奏もみずみずしく、後にバーズ中期の傑作と言われようになります。リード・ヴォーカルの大部分はパーソンズが担当し、サウンドの要をパーソンズと共に参加したクラレンス・ホワイトのスティール・ギター風味のストリング・ベンダー奏法が占めています。さらに随所でジョン・ハートフォードによるフィドルやバンジョーの音色を聴くことが出来ますが、リーダーであるロジャー・マッギンとしてはパーソンズのアイデアに共鳴したものの、庇を貸して母屋を乗っ取られたような形となりました。


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# by scoop8739 | 2018-07-12 14:31 | Road To New Grass