316 「ニューグラス」への道(その33)

フラット&スクラッグスの分裂

レスター・フラットとアール・スクラッグスのフォギー・マウンテン・ボーイズは1948年の結成以来、常に陽のあたる場所を走り続け、ブルーグラス界を牽引してきた希有なバンドでした。

フォーク・リヴァイヴァルの恩恵を充分に受けたバンドは、その流行が過ぎ去ると方向性を失ってしまいます。そんな中、有能なビジネス・マネージャーだったスクラッグスの妻ルイーズ(Louise Scruggs)は、コロンビア・レコードのプロデューサー、ボブ・ジョンストンの意見を取り入れてフォギー・マウンテン・ボーイズにリズム・ギターを増やし、ドラムを入れたりしてヘビーなサウンドに変えていきます。またレパートリーにもボブ・ディランの曲を多く取り入れコンテンポラリーな題材を前面に打ち出しました。

ボブ・ジョンストンは早速、ナシュヴィルのスタジオ・ミュージシャンを数多く起用し、当時流行だったフィル・スペクターが用いる“音の壁”(Wall Of Sound)のブルーグラス版を作り上げます。

a0038167_13564933.jpgこうして1968年に作られたアルバム『チェンジン・タイム』(Changin’ Time)、『ボニーとクライドの物語』(The Story Of Bonnie & Clyde)、『ナシュヴィル・エアプレイン』(Nashville Airplane)の3枚は、売上げこそ良かったもののブルーグラス・ファンからは手厳しい評価を受けました。

スクラッグスは、この頃すでにブルーグラスを演奏することに飽きていました。彼は成長した自分の息子達と一緒に新しい音楽を試みたいと考えます。一方、伝統主義者で、このような傾向に不満のあったフラットはしだいにスクラッグスとの対立構造を作っていきます。

a0038167_13571054.jpgそして1969年3月、とうとう彼らはバンドを解散してしまいます。最後となったアルバムが『ファイナル・フリング』(Final Fling)でした。このアルバムでも11曲中7曲がボブ・ディランの作品で占められています。

a0038167_13573978.jpg解散後のフラットはメンバーの多くを引き連れて「ナシュヴィル・グラス」(Nashville Grass)を組み、昔ながらのブルーグラスを演奏し続けます。一方、ソロで活動し始めたアール・スクラッグスが1970年7月にリリースしたアルバムは流行の音楽を数多く収録した『ナッシュヴィル・ロック』(Nashville's Rock)(Columbia CS 1007)というものでした。このアルバムではスクラッグスのオリジナル3曲を除いて、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ポール・サイモンなど当時の流行曲で構成された斬新なものでした。また以前ボブ・ディランと共演した「ナッシュヴィル・スカイライン・ラグ」も収録されています。


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# by scoop8739 | 2018-09-13 13:59 | Road To New Grass