300 「ニューグラス」への道(その19)

バーズ、カントリー・ロックへ移行(後編)

a0038167_14304320.jpgアルバムは、それまでフォーク・シーンであまり顧みられることのなかったストレートなカントリー・サウンドを持つレパートリーが多く含まれ、ロック、トラディッショナル、ブルーグラスなどを統合したアメリカン・ルーツ・ミュージックへの回帰となりました。

こうした伝統的な部分への接触は、それまでフォーク・ミュージックの領域で行われてきたものでしたが、フォークの衰退のさなか、ロック・シーンで最も早くその作業を行ったのがこの『ロデオの恋人』だったのです。

ところがこのアルバムは当時のほとんどのバーズ・ファンの理解を超えていました。おそらく当のマッギンの理解をも超えていたに違いありません。それでもボブ・ディランがナシュヴィルで録音した『ジョン・ウェズリー・ハーディング』や、ザ・バンドのややカントリー的色彩を帯びた『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』と発売が同時期であったため、そんな背景もあってか「カントリー・ロックの名盤」と呼ばれるようになります。

この評価は一部の曲で当たっているものの、より正確には、ロック・シーンに“カントリー・ロック・ブーム”を仕掛けたアルバムだとも言え、まさしくその後のアメリカ西海岸を代表するサウンド「カントリー・ロック」に大きな影響を与えることとなります。

しかし、アルバムをリリースしたものの全くといっていいほど売れません。マッギンとパーソンズはこのカントリー志向を巡って対立し、その結果パーソンズはクリス・ヒルマンを誘ってバーズを脱退してしまいます。とうとうオリジナル・メンバーはマッギンのただ一人となってしまいました。

ちなみにその後のバーズはクラレンス・ホワイトのギター演奏など、高い演奏能力でカントリー・ロックを聴かせるライヴ・バンドとして定着しますが、新曲やチャート・アクションとは無縁の状況で惰性的な活動に陥り、マッギンはソロ活動に打開を構想し活動を非公式に休止します。そして1973年に突然オリジナル・メンバーで再編し、アサイラム・レコードからアルバムを発表し新作記念のライブ活動を短期間行ったのですが、同年中にまた解散しました。


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# by scoop8739 | 2018-07-13 08:35 | Road To New Grass