281 至高のサウンド(その35)

おわりに

さてこれまでのシーンは、ライヴ・パフォーマンスに於いてはダフィーの軽妙なステージ・ワークと派手さを中心に構成してきましたが、スタジオ・ワーク、つまりレコーディングではスターリングが中心となってやってきています。つまり、メンバーそれぞれの個性を引き出してそれをまとめる作業役(これをミュージカル・ディレクターと言います)を果たしていたのがスターリングだったのです。

またヴォーカリストとしても、彼の後釜を務められるような人物がそうそう存在する訳がありません。『アクト1』に収録された「ベビー・ジェイムス」を軽々と歌えるシンガーなどブルーグラス界広しと言えども、スターリング以外に見つけることはできません。

コンテンポラリー・ソングを易々と歌いこなせ、古いブルーグラス・ナンバーでは歌の巧さと新しさ(Something New)を加味できるセンスの良さが彼にはあったのです。

セルダム・シーンがブルーグラス界で最高の人気を勝ち得た要因には、スターリングに依存するものが大きかったと思われます。そんな彼がバンドを脱退したのですからこれは一大事です。明らかにバンドの質に変化が生じることは明らかでした。

たとえオゥルドリッヂのドブロに磨きがかかろうとも、エルドリッヂのバンジョーがますます冴えようとも、ダフィーのテナーが吠え渡ろうとも、グレイのベースが堅実に4ビートを刻み続けようとも、ローゼンタールのリード・ギターが新たなバンドの魅力になろうとも、スターリングのいた頃のセルダム・シーンを再現させることは出来ません。

“オリジナル・セルダム・シーン”が各々の個性と調和で燦然と輝き『至高のサウンド』を創造していた時代。そんな時代に私たちが彼らの創り出した音楽を聴いて感じた思い、その記憶と記録は永遠に消えるものではありません。そして私たちの中では今でも色褪せることなく、彼らの残した楽曲を聴くことで、いつまでも新鮮に彼らのサウンドを楽しむことが出来るのです。

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# by scoop8739 | 2018-05-16 11:51 | セルダム・シーン