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350 愛しの泡沫アルバム(その14)

アール・テイラーと彼のブルー・グラス・マウンテニアーズ

アール・テイラー(Earl Taylor)は1926年ヴァージニア州カンバーランドに生まれ、1953年頃からマンドリニストとしてブルーグラス界に身を置きました。そして1955年にはジミー・マーチンが作った「サニー・マウンテン・ボーイズ」に加入し、57年まで活動します。

a0038167_09055604.jpgその後、自身のバンド「ストーニー・マウンテン・ボーイズ」を結成。1959年にはアラン・ロウマックスの監修の下、ユナイテッド・アーティスト社から『ブルーグラスからのフォーク・ソング』(Folk Songs From The Bluegrass)というアルバムをリリースしています。

この時のメンバーは、アールのマンドリンとヴォーカル、バンジョーにウォルター・ヘンズレー(Walter Hensley)、ギターとヴォーカルのサム・ハッチンズ(Sam Hutchins)、フィドルのカーチス・コーディ(Curtis Cody)、ベースにヴァーノン・マッキンタイア(Vernon McIntyre)という5人編成でした。しかし、バンドはこのアルバム1枚残したきりで消息不明となります。

時が移り、アルバムはフォーク・リヴァイヴァルの波に乗り1964年に再発されます。しかしアールはその時すでに新しいバンドを結成していました。

a0038167_09062667.jpgこのアルバムで再び火がついたアールは、1964年に新しいメンバーによってキャピトルから『ブルーグラス・テイラー・メイド』(Bluegrass Taylor-Made)というアルバムをリリースします。アルバム・タイトルは、テイラー(Taylor)と仕立て屋(Tailor)をかけた何とも粋なネーミングでした。

メンバーはアールと旧知のウォルター・ヘンズレーに加えて、ギターとヴォーカルにジム・マッコール(Jim McCall)、フィドルにベテランのベニー・マーチン(Benny Martin)、ベースはたぶんロイ・ハスキー(Roy Huskey)かと思われます。

アルバムは全12曲で、今ではスタンダードと言える曲ばかりです。勢いの中にも涙のひと雫を感じさせるジムのリード・ヴォーカルに、アールの典型的なテナーが加わり、さらに5つの楽器が一体となってブルーグラスの伝統的な演奏スタイルが演じられます。

ところがこのアルバムの後、アールは一時バンドを解散し、再びジミー・マーチンのセッションに加わっています。

音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる「Take’s Bluegrass Album Channel」で聴くことが出来ます。

https://www.youtube.com/watch?v=HzIljN4OYHs&t=151s


by scoop8739 | 2019-01-29 09:07 | 泡沫アルバム | Comments(0)

349 愛しの泡沫アルバム(その13)

ダイアンとグリーンブライア・ボーイズ

ダイアンはニューヨークに生まれロスで育ち、十代前半からテレビや映画の世界で活躍していていました。彼女は子ども頃からカントリー歌手のローズ・マドックス(Rose Maddox)のファンであることを公言するほどブルーグラスやカントリー音楽に親しみ、自身の音楽活動にも意欲的でした。

旧知の仲だった音楽プロデューサー、ジム・ディクソンの尽力で、当時ファースト・アルバムを発表後にアメリカ西海岸地域でプロモート・ツアーを行っていた「グリーンブライア・ボーイズ」(The Greenbriar Boys)の楽屋を訪ね、両者は初めて顔を合わせることとなりました。

お互いは数曲ジャムをした後に、その場の勢いでなんと一緒にステージに上がり2曲ほど歌を披露したそうです。

この共演がきっかけとなり、ダイアンとグリーンブライア・ボーイズの共演アルバム制作の企画が立ち上がり、レコーディングが実現します。

グリーンブライア・ボーイズは2年前にもジョーン・バエズと「私の友だち」(Pal Of Mine)という曲をレコーディングした経験もあり、ポップスへの接近を容認していたのでしょう。

a0038167_10375041.jpgこうして1963年に発表されたのが『ダイアンとグリーンブライア・ボーイズ』(Dian & The Greenbriar Boys)でした。

ダイアンはこのアルバムを発表の後は表立った音楽活動をしておらず、アルバム1枚残しただけでした。このようにタレントの気ままなノリで作られたアルバムだった訳ですが、グリーンブライア・ボーイズのファンにとってはありがたい1枚となりました。

音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる「Take’s Bluegrass Album Channel」で聴くことが出来ます。

https://www.youtube.com/watch?v=MPyZpDy39B0&t=15s

余談ですが、ダイアンの従兄弟は後にシンガー&ソングライターとして活躍するランディ・ニューマンだということです。


by scoop8739 | 2019-01-24 10:44 | 泡沫アルバム | Comments(0)

348 愛しの泡沫アルバム(その12)

エリック・ワイズバーグとマーシャル・ブリックマン

エリック・ワイズバーグは1939年にニューヨーク市に生まれ、ジュリアード音楽院で学んだ経験を持つ音楽エリートです。

a0038167_08373394.jpg彼は1963年に、フォーク・グループ「タリアーズ」の元メンバーだったマーシャル・ブリックマンと組んでアルバムを発表します。それが『バンジョーとブルーグラスの新次元』(New Dimention In Banjo & Bluegrass)でした。

このアルバムにサポート・メンバーとして呼ばれたのが、前年に「ケンタッキー・カーネルズ」として初のアルバムを録音したばかり、当時19歳で新進気鋭ギタリストのクラレンス・ホワイトでした。

またフィドルにはセッション・マンとして活躍中のゴードン・テリーと、ベースにジミー・ボンドが参加しています。

エリックのバンジョー・スタイルは、ボストンからビル・モンローのバンドに参加したビル・キースや、ナシュヴィルのボビー・トンプソンらが開発しつつあったメロディック・スタイルであり、アール・スクラッグスの完璧なまでの従来の奏法を、さらに乗り越えようとするチャレンジャーぶりみせています。

どちらかと言うと、ハードにドライヴするというより、丹念に計算されたメロディ・ラインを重視しているように思われます。この点において彼のユニークな行き方が窺えます。

アルバムのタイトルである「新次元」をさらに押し進めたのが、1973年にリリースした『映画「脱出」オリジナル・サウンド・トラッ盤』でした。こちらは映画のヒットもあり「泡沫」とならずに今でも語り継がれる「名盤」となっています。

音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる「Take’s Bluegrass Album Channel」で聴くことが出来ます。
https://www.youtube.com/watch?v=1Rf7Lo-4kt4&t=3s

なお参考までに、マーシャル・ブリックマンはジョン・フィリップスと共に「ママス&パパス」を結成する直前までの「ニュー・ジャーニーメン」で活動していましたが、その後は脚本家となり、ウッディ・アレンが監督・主演を務めた映画『アニー・ホール』の脚本で1977年のアカデミー賞最優秀オリジナル脚本賞を受賞しています。最近の有名な映画としては『ジャージー・ボーイズ』で脚本を手がけました。

by scoop8739 | 2019-01-21 08:40 | 泡沫アルバム | Comments(0)

347 愛しの泡沫アルバム(その11)

ロジャー・スプラング

ロジャー・スプラング(Roger Sprung)というバンジョー奏者がいます。1930年8月ニューヨークに生まれ、7歳の時にピアニストを演奏し始め、10歳の頃にはすでに耳で曲をマスターできるようになったといいます。さらにブルーグラスとは直接の関わりを持たずにスクラッグス・スタイルを習得したという特異な人です。

1947年に彼の兄がニューヨークのワシントン・スクエアで聴いたというフォーク・ミュージックに関心を持つと、まず初めにギターを弾き出し、すぐにバンジョーに興味を持ってアール・スクラッグスの演奏をレコードで聴き、誰に教えを乞うことなく演奏できるようになりました。

彼は1953年にフォーク・リヴァイヴァルの到来を先取って、エリック・ダーリン(Erik Darling)とボブ・キャリー(Bob Carey)を誘ってフォークセイ・トリオ(Folksay Trio)を結成しアルバムを残しています。

このトリオで歌った「トム・ドゥリー」は後にキングストン・トリオによって大ヒットします。その後、エリックとボブは(アラン・アーキン(Alan Arkin)を加えてフォーク・バンド「タリアーズ」(The Tarriers)を結成しています。

一方ロジャーは、1957年にライオネル・キルバーグ(Lionel Kilberg)とマイク・コーヘン(Mike Cohen)と共にブルーグラス風のバンド「シャンティ・ボーイズ」(The Shanty Boys)を結成します。このバンドは1958年にエレクトラ社から1枚のアルバムをリリースしています。

収録されているのは都会人には珍しいスタンレー・ブラザーズやビル・モンロー作品あたりで、1958年というとフォーク・リヴァイヴァルがまさに始動しようとしていた時代だけに、そんな頃に早くもブルーグラス音楽を都会に持ち込んだ功績は大きいものでした。

a0038167_08285946.jpg1963年に彼は豊富な音楽経験から脱トラディッショナルなブルーグラスを創造します。フォークウェイズ社からリリースされたのがアルバム『プログレッシヴ・ブルーグラスの1つと違ったインスト曲』(Progressive Bluegrass 1 And Other Instrumentals)というアルバムでした。
ロジャーのバンジョーに加え、ギターにドク・ワトソン("Doc" Watson)、リズム・ギターにジョー・ロッカー(Joe Locker)マンドリンにウィリー・ロッカー(Willie Locker)、ドラムにボブ・トーマス(Bob Thomas)、ベースにオリーフィリップス(Ollie Phillips)という布陣です。

全12曲の中にはアメリカ合衆国国歌「星条旗よ永遠なれ」(Stars And Stripes Forever)や、カントリー・ジェントルメンのアレンジでお馴染みの「世界は日の出を待っている」(The World Is Waiting For Sunrise)、「匕首マック」(Mack The Knife)、「マラゲーニャ」(Malaquena)、「グリーンスリーヴス」(Greensleeves)といったスタンダード曲を独自の演奏スタイルで聴かせてくれます。

https://www.youtube.com/watch?v=D8khUJ6ZozA

https://www.youtube.com/watch?v=7kN77ECZrdY

https://www.youtube.com/watch?v=i7RfTnh8to4

https://www.youtube.com/watch?v=8Q6sorWvnaw

https://www.youtube.com/watch?v=Wypv_mrCyZo

ロジャー・スプラングのブルーグラスに対するプログレッシヴなアプローチは、時代を超えて現われるトニー・トリシュカ、ベラ・フレックなどに受け継がれたようです。
by scoop8739 | 2019-01-17 08:33 | 泡沫アルバム | Comments(0)

346 愛しの泡沫アルバム(その10)

テネシー・リヴァー・ボーイズ

1960年代初頭の起こったフォーク・リヴァイヴァル旋風に便乗して、レコード各社はアメリカ東南部山岳地方で活動するローカル・ミュージシャンを発掘しレコーディングを始めました。

メジャー・レーベルの一つ、マーキュリー社もご多分に漏れず、当たれば儲け、当たらずともそこそこ売れれば損はしないという考えがあったかどうだか、まさに数打てば何とかなるという算盤勘定でアルバムをリリースしています。

今回取り上げた「テネシー・リヴァー・ボーイズ」(The Tennessee River Boys)もそんなグループの一つでした。

メンバーはギターとヴォーカルにポール・ボスウェル(Paul Boswell)、マンドリンとヴォーカルにロイ・プライヤ(Roy Pryor)というデュオに、もう一方のデュオ、バンジョーにカーティス・マックピーク(Curtis McPeake)とフィドル、ギター、バンジョー、オートハープ、マンドリンを巧みに操るマルチ・プレイヤーのベニー・ウィリアムス(Benny Williams)が合体したものです。彼らはいずれもビル・モンローの伝説的なバンド・メンバーとして活躍していました。

a0038167_16291974.jpg1963年にリリースされた『古くてよい山岳音楽』(Good Old Mountain Music)はブルーグラス・ファンにお馴染みのビル・モンローのスタンダード曲を主に収録したアルバムです。

A面1曲目「ブルーグラス音楽は都会を目指す」(Bluegrass Music's Really Going To Town)はフォーク・リヴァイヴァル旋風に乗って都会で荒稼ぎといった本音が見え隠れする曲です。

音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる「Take’s Bluegrass Album Channel」で聴くことが出来ます。

https://www.youtube.com/watch?v=PIF561QEbfk&t=144s
by scoop8739 | 2019-01-15 16:30 | 泡沫アルバム | Comments(0)

345 愛しの泡沫アルバム(その9)

ステュ・ラムゼイ

少しばかり前の時代、エレキ小僧たちが自宅に録音機材を持ち込んで一人で全ての楽器を演奏し、それをオーバー・ダビングする「一人多重録音」というものが流行っていました。通称「宅録」と言われ、我が国でこの「宅録」の元祖というのが加山雄三さんでした。

加山さんは高校時代に、父で映画俳優の上原謙が買ってきた大きなワイヤー・レコーダーやテープ・レコーダーで録音と再生を繰り返して多重録音をして遊んでいたそうです。

1962年の映画「日本一の若大将」の宣伝用に、サン出版でフォノシートとしてリリースされた「ブルー・スウェード・シューズ」や「グリーン・フイールズ」等の楽曲で、これらの一部が加山さん一人による多重録音で制作されていました。

この「一人多重録音」という作業は、本場アメリカのエレキ少年たちの間では盛んに行われていたようです。もちろん一人で複数の楽器を演奏できるという才能が必要ですが。

1960年初頭にシカゴのヨーク・コミュニイ高校を卒業し、有名なオールド・タウン・スクール・オブ・フォーク・ミュージックでオールド・タイムを学んだステュ・ラムゼイ(Stu Ramsay)はオーバー・ダビングの手法を使い、たった一人でブルーグラス・バンドを演じています。

a0038167_08422116.jpgバンジョーにドブロにギターにハーモニカを、その若い情熱で取っかえ引っかえ演奏し、そうして録音されたアルバムは、当時の都会の若者たちがフォーク・リヴァイヴァルという熱風の中でブルーグラスに夢中になっていった様子がひしひしと伝わってきます。

このアルバムは1963年にリリースされ、「トレイン45」、「クリプル・クリーク」、「ディキシーの夜明け」などのブルーグラス・スタンダードに加え、フォーク、ブルース、ラグタイム、そしてオリジナル曲で構成されています。

ステュはこのアルバムから6年後に、ブルース・ハープ奏者シカゴ・スリムと共にブルースのアルバムをリリースしています。ここでのステュはみごとに転身しブルース・ギターとヴォーカルを披露しています。

https://www.youtube.com/watch?v=Ny3HqSNsFR8/
by scoop8739 | 2019-01-10 08:43 | 泡沫アルバム | Comments(0)

344 愛しの泡沫アルバム(その8)

ケンタッキー・トラベラーズ

ブルーグラス・バンドは大概がトラディショナル曲に加えてオリジナル曲をレパートリーにしていることが多いものですが、すべてオリジナル曲ばかりというのがケンタッキー・トラベラーズでした。

バンドは1952年にスタートします。55年に一次解散しますが56年にメンバーを一新し、ギターとヴォーカルのカーミット・リッチモンド(Kermit Richmond)を中心に、バンジョーのビル・ウィルソン(Bill Wilson)、フィドルにスリム・アンダーウッド(Slim Underwood)の3人で、マンドリンを欠いて(ベースは不明)再スタートしています。

この時期、カントリー・ジェントルメンのようにフィドルのないバンドが流行りましたが、マンドリンのいないバンドというのは稀でした。

バンドのオリジナル曲の特徴は、「ウィッシン」(Wishing)、「ドリーミング」(Dreaming)、「キッシン・アンド・ハギン」(Kissin’ And Huggin’)という所謂「INGソング」です。

a0038167_14442521.jpgそんな「INGソング」を基にして作られたのが1963年リリースのアルバム『ブルーグラス・バンジョー・バラード』(Bluegrass Banjo Ballad)でした。

まずはA面1曲目の「ウィッシング」(Wishing)ですが、アップ・テンポの軽快なブルーグラス・ソングです。

同7曲目の「キッシン・アンド・ハギン」(Kissin’ And Huggin’)はワルツ調の明るい曲調です。

B面2曲目の「ドリーミング」(Dreaming)は今やブルーグラスのスタンダード曲となっています。

アルバム・タイトルに「バンジョー」と書かれてあるのでインスト曲を期待してしまいますが、残念ながら1曲も収録されておりません。逆に考えるならば、彼らが歌ものに自信があった証拠かもしれません。

なお、このバンドはアルバム1枚を残したきりでその行方は不明となっております。メンバーの名前を他のバンドや他のレコードからも見出すことができません。

音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる「Take’s Bluegrass Album Channel」で聴くことが出来ます。
https://www.youtube.com/watch?v=Ik-xJOb2-18&t=28s
by scoop8739 | 2019-01-07 14:48 | 泡沫アルバム | Comments(0)

343 愛しの泡沫アルバム(その7)

ロンサム・トラベラーズ

1960年代、ブルーグラスのバンド名に多く用いられた「ロンサム」という言葉は、もちろんビル・モンローおよび彼の創り出したブルーグラスを表現する「ハイ・ロンサム」に由来しているのでしょうが、今でも「ロンサム」を名乗るバンドはプロ、アマ問わず数多く存在しています。

今回登場の「ロンサム・トラベラーズ」は、1960年代前半にあって斬新なメロディック・バンジョーを駆使するボブ・ジョンソン率いるバンドでした。

ボブは1958年頃、短期間ではありましたがビル・モンローのバンドに在籍しています。その後はナシュヴィルでスタジオ・ミュージシャンをやりながら、バンドとしては1959年から60年にかけて前述(2で登場)のウォルター・フォーブスと共にグランド・オールド・オープリーに頻繁に出演していました。

バンドはマンドリンにノーマン・ブレイク、ギターにデイヴィ・ジョンストン、ベースにはカントリー系の巧者ジュニア・ハスキーと、なかなかの布陣となっています。

a0038167_09195524.jpg彼らが1963年に発表したアルバム『ブルーグラスの12の陰』(Twelve Shades Of Bluegrass)はフォーク・リヴァイヴァルを意識したナシュヴィル系の都会派ブルーグラスでした。

A面4曲目の「神経衰弱」(NervousBreakdown)で聴かれる洗練された美しさは、70年代になってから現れるバンジョー巧者のお手本になったと思われる演奏です。

B面2曲目の「誰も愛せない」(I Don't Love Nobody)のバンジョーは華麗にして優雅なメロディック奏法です。またビル・キースのお株を奪うような同4曲目の「蛍の光」(Auld Lang Syne)はキースと比較しても遜色ないテクニックを披露しています。

https://www.youtube.com/watch?v=n14G3PqmglQ&t=11s

余談になりますが、ボブはこの年、ビル・マケルニーと彼のオーケストラ(Bill McElhiney And His Orchestra)の依頼で、「新しいブルーグラスのサウンド:ブルーグラス・バンジョーとストリングス」(New Sound In Bluegrass! : Bluegrass Banjo With Strings)という実験的なアルバムに参加しています。

また1966年にはカントリーやゴスペル・ミュージックで活躍したスタットラー・ブラザーズ(The Statler Brothers:)のヒット曲「壁の花」(Flowers On The Wall)でバンジョーを弾いていましたが、残念ながら1967年に引退しています。
by scoop8739 | 2019-01-04 09:22 | 泡沫アルバム | Comments(0)