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382 愛しの泡沫アルバム(その46)

ジミー・アーノルドとウェズレイ・ゴールディング

1970年代と80年代で最も絶賛されたブルーグラス・ミュージシャンの一人だったジミー・アーノルドは、その短い人生の中でほんの一握りのアルバムしかレコーディングしていません。

1952年、ヴァージニア州フリースに生まれたアーノルドは、子供の頃に隣家の友だちがギターを練習しているのを聴いて音楽に興味を持つようになります。彼もすぐにギターを手にしますが、バンジョーに興味が移るとそちらに夢中になりました。

11歳になって従兄弟のトミーをマンドリンに、その友人のウェズレイ・ゴールディング(Wesley Golding)をギターに、ブルーグラス・バンド「ツイン・カウンティ・パートナーズ」(Twin County Partners)を結成します。この時ゴールディングはまだ8歳でした。

バンドは幼いこともあって非常に人気となり、地元のテレビ番組への出演したり、さらにはスターク・レコード社(Stark Records)から1969年にリリースされたオムニバス・アルバム『最高の状態の山岳音楽』(Mountain Music At Its Best)の収録へとつながります。この時彼らがレコーディングした曲はB面7曲目に収録されている「丸太の中の兎」(Rabbit In The Log)でした。

https://www.youtube.com/watch?v=XaSCtdDz6co/

a0038167_08294799.jpgアーノルドは高校を卒業した後、スタジオ・ミュージシャンのジョー・グリーンからナッシュビルに来て演奏するように誘われます。それから彼は次に旧知の仲のゴールディングを呼んでバンドを組みアルバム・デビューを果たします。それが1971年にレトコ・レコード社(Latco Records)からリリースされた『ジム&ウェズレイとヴァージニア・カッタップスの自然なサウンド』(The Natural Sound Of Jim & Wesley and the Virginia Cutups)というアルバムでした。

https://www.youtube.com/watch?v=MFCR6144wGc&fbclid=IwAR2T1_xqkG7QSbfj3sbFnacPPCXFEWvL4ATTUiwl-vlqNmzTJLbHlFULCwc/

その後アーノルドは多くのバンドに参加し演奏活動をしますが、過剰な飲酒のために、その都度、グループから頻繁に解雇されます。

1974年にバンジョー音楽のアルバム『純粋なアーノルド』(Strictly Arnold)、1977年には2枚目のソロ・アルバム『ジミー・アーノルド・ギター』(Jimmy Arnold Guitar)をリリースし、さらに6年後には『南部の魂』(Southern Soul)をリリースするもそれらのアルバムはどれも商業的に成功しませんでした。その結果、アーノルドは1984年に音楽を放棄します。そして紆余曲折の末、1992年のクリスマスの日に心不全で亡くなりました。40歳の短い生涯でした。

それぞれの音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる「Take’s Bluegrass Album Channel」で聴くことが出来ます。


by scoop8739 | 2019-05-16 08:31 | 泡沫アルバム探訪 | Comments(0)
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