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374 愛しの泡沫アルバム(その38)

チャーチ・ブラザーズ

ノース・カロライナ州ファーガソン近くの集落で製材所の労働者だった父アルバートとその妻ベシーの下に生まれたチャーチ3兄弟は、長男ウィリアム・シーアーズ「ビル」が1922年、次男エドウィンが1925年、そして三男ラルフが1928年に生まれています。彼らはフィドルとバンジョーを巧みに弾く父の影響で幼い頃から音楽に親しんで育ちました。

長男ビル・チャーチは1940年代にロイ・ホールと彼のブルーリッジ・エンターテイナーズ(Roy Hall & His Entertainers)の一員となって、ノース・カロライナ州アッシュビルで「農場と楽しい時間」と呼ばれるラジオ番組に出演します。

次男ラルフは地元で従兄弟のワード・エラー(Arthur Ward Eller)や近所に住むドレイク・ウォルシュ(Drake Walsh)、ガーとエルマーのバウァーズ兄弟らと共に演奏活動を始めました。やがて三男エドウィンがバンドに加わり、彼らは地元のラジオ局WILXとWKBCや学校などで演奏を始めるようになります。

第二次世界大戦が勃発するとビルとエドウィンが徴集されますが、彼らが帰還したのち1946年にバンドは正式に結成され、チャーチ兄弟と彼らのブルー・リッジ・ランブラーズ(Church Brothers & Their Blue Ridgre Ramblers)と名乗りました。

メンバーはギターとヴォーカルにビル、フィドルにエドウィン、マンドリンとヴォーカルにラルフが中心となり、ワード・エラー、ドレイク・ウォルシュのギター、バンジョーにはガー・バワーズ(Gar Bowers)またはジョニー・ネルソン(Johnny Nelson)、ベースにラルフ・ペニントンという編成でした。

彼らは1950年に最初のレコーディングを行っています。それはすぐに彼らとわかる独特のサウンドであり、優れたオリジナル曲を伴っていました。

このセッションからは1951年の夏頃にリッチ・R・トーンで最初のリリースとなり、2枚目のリリースは同年秋と続きます。これら2つのシングル盤はノース・カロライナ州や近隣の州でバンドの人気を大きく後押ししました。

ところがシングル盤を2枚リリースしただけで、その他の曲は未発表のまま時間だけが過ぎ去ってしまいます。

a0038167_14453110.jpgそれから10年を経過してバンドはすでに解散していました。ドイツのレコード会社GHPとラウンダー社はバンドのレコーディングした遺産を流通させるための努力を始めます。その結果、1968年にGHPから発表されたのが『伝統的なブルーグラス』(Traditional Bluegrass)というアルバムでした。

https://www.youtube.com/watch?v=pKHZSeFjRGE/

a0038167_14454638.jpgまた1981年にはラウンダー社から『初期のブルーグラス第8集』(The Early Days Of Bluegrass Vol.8 / The Church Brothers)がリリースされています。

https://www.youtube.com/watch?v=yipyEjIsi5A/

それぞれの音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる「Take’s Bluegrass Album Channel」で聴くことが出来ます。


by scoop8739 | 2019-04-18 14:48 | 泡沫アルバム探訪 | Comments(0)
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