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340 愛しの泡沫アルバム(その4)

ディキシー・ジェントルメン

テネシー州からアラバマ州に移ったバンジョーのルアル・ヤーブロウ(Rual Yarbrough)は、1956年にマンドリンのハーシャル・サイズモア(Hershel Sizemore)と出会い、ギターのジェイク・ランダース(Jake Landers)を加えて演奏活動を開始します。

彼らは「ディキシー・ジェントルメン」(The Dixie Gentlemen)を名乗り、初期の頃はアメリカ南東部をツアーしたり地元のラジオとテレビ局などで活躍しました。

1962年にはフィドラーのトミー・ジャクソンがドット・レコードでアルバム『グレイテスト・ブルーグラス・ヒッツ』を録音する際に、バック・アップ・メンバーとしても参加しています。

1963年には折からのフォーク・リヴァイヴァルの旋風を得て企画物ながら「ブルー・リッジ・マウンテン・ボーイズ」(Blue Ridge Mountain Boys)というバンド名で『ブルー・グラス・バック・ホーム』と『フーテナニー・アンド・ブルー・グラス』という2枚のアルバムをタイム・レコードに残します。しかしながら、彼らはこのアルバムではナシュヴィルのスタジオ・ミュージシャンの一員としての参加でした。

そんな彼らの努力が実を結び、メジャー・レーベルであるユナイテッド・アーティストと契約を結びます。

a0038167_09485284.jpgこうして1963年にリリースされたのが『ディキシー・ジェントルメンのカントリー・スタイル』(The Country Style Of The Dixie Gentlemen)というアルバムです。ゲストとして、元ビル・モンローのブルーグラス・ボーイズの一員で多くのセッション録音でも知られるアメリカ屈指のフィドラー、ヴァッサー・クレメンツと、ドブロ奏者にショット・ジャクソンが参加しています。

この時代には珍しく全12曲中11曲がジェイクのオリジナル、残る1曲がハーシャルのオリジナルとなっています。

しかし彼らはこのアルバムを1枚残しただけで1966年に解散してしまいます。その後、ヤーブロウとサイズモアは「ディキシー・メン」(The Dixiemen)を結成しています。またオリジナルの「ディキシー・ジェントルメン」としては1972年と1990年代初めに一時的に復活しアルバムを残しています。

音源はYoutubeにて佐生武彦さんがアップして下さってる(Take’s Bluegrass Album Channel)で聴くことが出来ます。
https://www.youtube.com/watch?v=nOVMU1cZJxg&t=120s

by scoop8739 | 2018-12-20 09:51 | 泡沫アルバム探訪 | Comments(0)
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