333 ブルーグラスの中のディラン(その5)

フラット&スクラッグスの中のディラン(2)

ルイーズ・スクラッグスの企みは上手く当たり、フラット&スクラッグスのアルバムは商業的にも成功したと言えます。しかしバンド・サウンドの変化は同時にメンバー間の不和を生むことになりました。

ナシュヴィル・サウンドが前面に押し出され、フィドルの必要性がなくなり、フラットの歌にも精彩が欠けてきます。

フラット自身はそのことを公然と批判することはありませんでしたが、バンドが分裂した後の1971年にフォーク&ブルーグラス・ジャーナル誌のインタビューでは「私の好むと好まざるとに関わらず、プロデューサーは勝手に選曲し、ディランの曲を押し付けてきた」と述べています。後年、フラットは特にアルバム『ナシュヴィル・エアプレイン』のカヴァー曲を嫌っていたと言われています。

a0038167_14050724.jpgそしてとうとうバンドは終焉を迎えます。彼らの最後のアルバム『最後の攻撃』(Final Fling)では全11曲中7曲ものディラン曲が演奏されています。フラットにとっては諦めと歌い納めの感情が入り混ざっていたことだったでしょう。

A面1曲目に「ハニー、もう一度チャンスをおくれ」(Honey, Just Allow Me One More Chance)、2曲目はインストで「ナシュヴィル・スカイライン・ラグ」(Nashville Skyline Rag)、6曲目に「マギーの農園」(Maggie’s Farm)。B面1曲目は「手配人」(Wanted Man)、3曲目に「もう一夜」(One More Night)、4曲目「北国から来た少女」(Girl From The North Country)、そして5曲目に「もうひとつ多めの朝」(One Too Many Mornings)の全7曲です。

a0038167_14091690.jpgバンドが分裂後の1970年にはアール・スクラッグスがソロ第1弾アルバムを発表します。それが『ナシュヴィル・ロック』(Nashville’s Rock)というアルバムで、この中にはビートルズやローリング・ストーンズの曲に混ざりディランの曲が1曲収録されています。ここでもインスト曲の『ナシュヴィル・スカイライン・ラグ』が演奏されています。

a0038167_14072968.jpgさらにフィドルのヴァッサー・クレメンツや2人の息子たちと組んだ新しいバンド「アール・スクラッグス・レビュー」が1972年に発表したアルバム『カンサス州ライヴ』(Live At Kansas State)のA面5曲目「行く手に希望が」(Most Likely You Go Your Way (And I'll Go Mine))とB面3曲目の「行くあてもなく」(You Ain't Going Nowhere)がディラン曲でした。

「行くあてもなく」は、1968年にバーズがカントリーとロックを融合させる新しい試みとして発表したアルバム『ロデオの恋人』(Sweetheart Of The Rodeo)に収録され、たちまちカントリー・ロックやブルーグラスの間で広がったディランの名曲の一つです。この曲は1970年にブルーグラス・アライアンスが発表したアルバム『ニュー・グラス』のB面4曲目にも収録されていました。また1971年にはクリフ・ウォルドロンがアルバム『旅の灯り』(Travelling Light)に収録していて、ニューグラスの定番曲となりました。
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by scoop8739 | 2018-11-15 14:11 | ディラン・ソングス
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