327 「ニューグラス」への道(その44)

進化するブルーグラス

1973年の冬、ロック・バンド、グレイトフル・デッドのリーダー、ジェリー・ガルシアは自らの音楽ルーツであるブルーグラス・ミュージックを演奏するために、「ミュールスキナー」の主要メンバーに声をかけ新しく「オールド・アンド・ザ・ウェイ」と呼ばれるバンドを立ち上げます。

このバンドには、バンジョーとヴォーカルにガルシア、マンドリンとヴォーカルにデヴィッド・グリスマン、ギターとヴォーカルにピーター・ローワン、フィドルにリチャード・グリーン、そしてベースにジョン・カーンが参加しました。

しかしリチャード・グリーンはロサンゼルスで自分のバンドを立ち上げるため数ヶ月後に脱退します。代わりのフィドルにはジョン・ハートフォードが起用されましたが、契約の問題によって最終的にヴァッサー・クレメンツに落ち着きました。

a0038167_09125408.jpgバンドは伝統的なブルーグラスからの脱却とロックへの傾倒をテーマとして、ローリング・ストーンズの「野生の馬」や、ジェファーソン・エアプレインのジャック・ボーナス作「ホーボー・ソング」、ピーター・ローワン作「パナマ・レッド」、「ミッドナイト・ムーンライト」といった一風変わったブルーグラスを演奏します。彼らのデビュー・アルバム『オールド・アンド・イン・ザ・ウェイ』は1975年にリリースされ、ブルーグラス・アルバムとしては過去最高の売り上げを記録しました。

1960年代半ばから始まった「ニューグラス」のムーヴメントは、アメリカ西海岸から「カントリー・ガゼット」、同じく東海岸からは「セルダム・シーン」という2大バンドを産み出し、さらに「ニューグラス・リヴァイヴァル」や「J.D.クロウとニュー・サウス」、「ミュールスキナー」、「オールド・アンド・イン・ザ・ウェイ」の出現によって完成され、同時に象徴的な終着点を迎えたとさえ思えました。

しかし進化に終着点はなく、次々と生まれては消えていくバンドやプレイヤーたちがあれば、また新しいスターが生まれてきます。こうしてニューグラスはある種のバンド・スタイルとして演奏され続けていきました。
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by scoop8739 | 2018-10-22 09:15 | Road To New Grass
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