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324 「ニューグラス」への道(その41)

ニューグラス時代の泡沫バンドと思いきや

ジェシ・コリン・ヤングを中心に、ジェリー・コービット、バナナ(ローウエル・レヴェンジャー3世)らを加え1965年に結成されたヤング・ブラッズは、ラヴィン・スプーンフルとともにフォーク・ロックの代表的なバンドの一つとしてニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジを中心に活躍していました。

a0038167_08404496.jpg彼らはフォーク・ロックのブームが去ると1969年にファミリー・レーベルの「ラクーン」と共にカリフォルニア州内に活動拠点を移します。そしてメンバーのバナナがプロデュースして「ラクーン・レーベル」から7枚目のアルバムとして作られたのが「ハイ・カントリー」というブルーグラス・バンドのアルバムでした。
バンドは伝統的なブルーグラスのクラシックなスタイルに強く影響を受け、あえてニューグラス的な選曲をせず、オーソドックスな作りになっています。

A面1曲目のレッド・アレンでお馴染み「ハロー・シティ・リミッツ」、2曲目のモンロー・ソング「ブルー・ナイト」と続けて聴くとオーセンティックな選曲ながら決してハードにならず、むしろルーズな感じがするのはやはりバナナのプロデュースのせいなのか、それともヴォーカルに由来しているのか、アメリカ西海岸特有の“適度にルーズ”な雰囲気が何とも耳に心地よいサウンドとなっています。

A面4曲目、ジミー・マーチンの「スキップ・ホップ・ウォブル」(Skip, Hop, And Wobble)に彼らの本領が発揮されているようです。

バンドは一時期、ニュー・ライダーズ・オブ・パープル・セイジのデヴィッド・ネルソンも在籍していました。今はマンドリンのブッチ・ウォーラーの一人がオリジナル・メンバーとして残り、最近では9枚目のアルバムをリリースするといった、現在も活動中のとても息の長いグループとなっています。

ところで、前記アルバムのプロデューサーのバナナこと、ローウエル・レヴェンジャー3世自身も、その容貌はさることながら音楽面でも変わった作品を残しています。

バナナはフォーク・リヴァイヴァルの頃からブルーグラスに興味を持ち、東海岸ボストンで早くも1960年代からバンド活動をスタートさせています。そして1970年代にジェシ・コリン・ヤングと出会いヤング・ブラッズの結成に至っています。彼はバンジョー、マンドリン、ギター、ペダル・スティールなどを器用にこなし、フォーク・ブームの落とし子のような存在となりました。

a0038167_08405772.jpgそんな彼が1972年に発表したのが「ミッド・マウンテン・ランチ」というアルバムです。このアルバムはロックあり、ジャズ風あり、カントリーに加えてブルーグラスが数曲収録されています。
最初はチャック・ベリーの曲「バック・イン・ザ・USA」に始まりブルーグラス感は全く感じられないのですが、A面6曲目に突然ビル・モンローの「月光にたたずんで」(Sittin’ Alone In The Moonlight)が収録されています。

続くA面7曲目「霧のロンドン」(In Foggy Old London)、8曲目「太陽が沈む前に」(Before The Sun Goes Down)、さらにB面2曲目「ダイアモンドの海」(Ocean Of Diamond)はともにジミー・マーチンのレパートリーとして有名な曲です。どうもバナナはジミー・マーチンがお好きなようです。なお「ダイアモンドの海」はマンドリン、ペダル・スティール、マンドラで演奏されています。

バナナはヤング・ブラッズを解散後、シンガー・ソングライターのミミ・ファリーニャ(Mimi Fariña)の伴奏を長く務め、主にカントリー・ロックやブルーグラスの範囲でライ・クーダーや、ダン・ヒックスのホット・リックスとのセッションやツアーのミュージシャンとして活動しました。

またニューヨークで活動時代していた頃の仲間であるデヴィッド・グリスマンのセッションにも参加し、自身2014年には「根っから」(Down To The Roots)というブルース・アルバムをリリースしています。
by scoop8739 | 2018-10-12 08:42 | ニューグラスへの道 | Comments(0)
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