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322 「ニューグラス」への道(その39)

ニューグラスの時代

1972年になると、ジョン・ハートフォードの『モーニング・ビューグル』に始まり、カントリー・ガゼットの『パーティーのならず者』、ニューグラス・リヴァイヴァルの『火の玉ロック』、そしてセルダム・シーンの『アクト1』など次々と新しいバンドによるデビュー盤がリリースされ、いよいよ「ニューグラスの時代」が花開きます。

a0038167_12363342.jpgこの流れに乗って、カントリー・ジェントルメンを脱退したバンジョー奏者のエディ・アドコックがマンドリン奏者のジミー・ゴウドロウを誘って「セカンド・ジェネレーション」を結成し、同名タイトル・アルバムをリリースします。このアルバムは明らかにポップ路線を意識したものでした。

翌1973年にはニューヨークで活躍するプログレッシヴなブルーグラス集団「カントリー・クッキング」がデビュー2枚目のアルバム『バレル・オブ・ファン』をリリースします。このアルバムはブルーグラスの枠組みを超えた自由奔放な演奏が特徴的でした。

a0038167_12370890.jpg自由奔放と言えば、ビル・モンローのサンフランシスコ公演の穴埋めに結成されたバンド「ミュールスキナー」の同名タイトル盤は、ブルーグラスという概念を解放し、新たなる可能性を指し示したものでした。

このグループは、シートレインやローワンズでロックを経験したピーター・ローワンと、同じくシートレイン、ブルー・ヴェルヴェット・バンドなどで豊富な経験を重ねたリチャード・グリーン、イーヴン・ダズン・ジャグ・バンド(Even Dozen Jag Band))やアース・オペラ(Earth Opera)と呼ばれるサイケデリック・ロック・バンドで新感覚を身につけたデヴィッド・グリスマン、またバーズで得たカントリー・ロックのフレイバーを遺憾なく発揮するクラレンス・ホワイト、さらに独特の“キース・スタイル”という超絶テクノ・バンジョーでお馴染みのビル・キースが主要メンバーでした。

そこにベースのジョン・カーン(John Kahn)とドラマーのジョン・ゲラン(John Guerin、彼は1972年7月からの半年間バーズのメンバー)を加えたグループは、それまでの経験からしてブルーグラスの枠組みに収まるはずもなく、このメンバーにして初めて創り出された音楽となりました。

しかし残念なことに、アルバムがリリースされて数ヶ月後にクラレンス・ホワイトは酔っ払い運転の車にはねられ非業の死を遂げてしまいます。


by scoop8739 | 2018-10-04 12:44 | ニューグラスへの道 | Comments(0)
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