286 「ニューグラス」への道(その5)

フォーク・ロック・ブームの幕開け

a0038167_09113437.jpgビートルズ旋風がアメリカに上陸したのは1964年の春でした。その年の1月、キャピトル・レコードを通してシングル盤「抱きしめたい」とアルバム『ミート・ザ・ビートルズ』が発売され、翌2月にビートルズの4人はニューヨークのケネディ空港に降り立ちます。そしてエド・サリバン・ショーに出演を機に、ビートルズのアメリカでの人気が爆発しました。

4月にはヒット・チャートで上位5曲を独占するという前代未聞の記録を作ります。同年夏には映画『ア・ハード・デイズ・ナイト』が全米に公開され、ビートルズ人気に拍車をかけました。

このビートルズ旋風は同時にデイヴ・クラーク・ファイヴやローリング・ストーンズを始めとするイギリスのロック勢がアメリカに進出するきっかけとなります。

a0038167_09114503.jpg1964年6月にイギリスのロック・バンド、アニマルズがシングルとしてリリースしたのが「朝日のあたる家」でした。この曲はその年の9月にビルボードのヒットチャートで3週連続1位となり、イギリス、スウェーデン、カナダのチャートでも1位を記録します。

曲のアレンジは、エレクトリック・ギターのアルペジオやVOXオルガンの伴奏が印象的で、レコードのクレジットには、アレンジャーとしてオルガン奏者のアラン・プライスの名が記載されています。

a0038167_09120546.jpg元々「朝日のあたる家」のメロディはトラッド・ソングとして英国に伝わっていたものが移民と共に海を渡り、様々な歌詞で歌われ続け、最終的に現在のニュー・オリンズの娼館を歌ったフォーク・ソングとしてアメリカのフォーク・シンガーによって歌われるようになりました。

ボブ・ディランのデビュー・アルバムに収められたこの曲「朝日のあたる家」は、当時グリニッジ・ヴィレッジで最も人気のあったフォーク・シンガーであるデイヴ・ヴァン・ロンクによる解釈(元々長調で歌われていたものを短調にアレンジして歌っていた)をそのまま真似て録音されたともの言われています。

一旦は若きディランの持ち歌となった「朝日のあたる家」は、今度は海を渡った英国で生まれ変わることとなります。1964年にデビューしたアニマルズにチャック・ベリーの前座の話が舞い込んだのを機に、これをチャンスと捉えたバンドはチャック・ベリーとはバッティングしない曲調の歌でファンを注目させようと考えます。

そうして出来上がったのが、ディランの歌ったマイナー調の「朝日のあたる家」に電気楽器を使ってR&B調にアレンジし、重くダークにしたものでした。一度聴いたら耳から離れないアラン・プライスのひきずる様な電子オルガンとエリック・バードンのシャウトが印象的なその曲は前述の通り、1964年6月にシングル盤でリリースされるや大ヒットとなり、7月には全英1位に、そして95日には全米でもビルボードのヒットチャートで3週連続の1位を獲得します。

アニマルズの歌った「朝日のあたる家」は元々フォーク・ソングだったものをロックにアレンジしたという意味で“最初のフォーク・ロック”の曲として重要視されており、ディランがロックに関心を持つきっかけになったとも言われています。


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by scoop8739 | 2018-06-04 09:23 | Road To New Grass
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