285 「ニューグラス」への道(その4)

ジム&ジェシーの変身

ジム&ジェシーことマクレイノルズ兄弟はヴァージニア州南西部コーバアンというところで、兄のジムは1927年、弟のジェシーは1929年に生まれ育ちました。

彼らは青年期に同郷のスタンレー・ブラザーズらと知り合い、互いに切磋琢磨しながらプロとしての活動を始めます。その頃の彼らはまだブルーグラス・スタイルではなく、所謂「兄弟ストリング・バンド」として活躍します。バンドにはバンジョー奏者もいなくて、ジェシーはマンドリンを駆使し“マンドリンのスクラッグス・スタイル”を開発しました。それが後世に言われる「マクレイノルズ・スタイル」奏法です。

ジム&ジェシーがブルーグラス・スタイルへと変わっていったのは、もちろんビル・モンローの率いるブルー・グラス・ボーイズの影響が大きかったのですが、彼らはその影響を受けつつも、誰にも真似の出来ない独自のスタイルを築いていきます。

1962年にエピック社に所属すると昔日に優るとも劣らぬ人気を博します。そして1965年までに4枚のアルバムをリリースしています。順に『ブルーグラス・クラシック』(Bluegrass Classics)、『ブルーグラス・スペシャル』(Bluegrass Special)、『旧い田舎の教会』(The Old Country Church)、『ヨーカム』(Y'all Come! Bluegrass Humor With Jim & Jesse And The Virginia Boys)というアルバムで、これらはいずれもブルーグラスの範疇に留まるものでした。

a0038167_11522536.jpg1965年になって、彼らは時代の流れとヒット性を追い求めて果敢に大変身を敢行します。ここで放ったアルバム『田舎の果実摘み』(Berry Pickin’ In The Country)は世のブルーグラス・ファンをアッと驚かせました。

というのもこのアルバムに収録されている全曲が、「ジョニー・B・グッド」(Johnny B. Goode)や「ベートーヴェンをぶっ飛ばせ」(Roll Over Beethoven)といったチャック・ベリーの歌ったロックン・ロール・ナンバーを集めたものだったのです。

a0038167_11524576.jpgこれを契機に彼らのブルーグラスは急速にプログレッシヴな様相を帯びてまいります。さらに1967年リリースのアルバム『尻尾にディーゼル』(Diesel On My Tail)はカントリー・ナンバーのトラック・ドライヴィング・ソング集となりました。こうした結果、レコードの売上げは飛躍的に伸び、彼らの変身は事実上の成功を収めます。

彼らは1969年までにエピック社からさらに2枚のアルバムをリリースしています。1枚は若い頃に大いに影響を受けたグループのナンバーを集めたアルバム『ルーヴィン・ブラザーズに敬意』(Saluting The Louvin Brothers)というものです。もう1枚は『列車が大好き』(We Like Trains)というカントリーではお馴染みにトレイン・ソング集でした。

しかし売上げに伴ってその音楽性に制約を受けることとなります。そこで彼らはエピック社を離れ、1970年を境にブルーグラスへの回帰を図ることにしました。


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by scoop8739 | 2018-05-31 11:54 | Road To New Grass
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