247 至高のサウンド(その1)

きっかけは「クリフ・ウォルドロン」から

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クリフ・ウォルドロンは1941年4月4日、ウェスト・ヴァージニア州のジョーロという町で生まれ、若い時期にブルーグラス音楽に興味を持ちギターとマンドリンを弾くようになりました。

17歳の時、ヴァージニア州グランデという町でサザン・ランブラーズ(Southern Ramblers)というバンドに入りマンドリンを担当します。このバンドは地元のラジオ局に30分の番組を持っていました。

1963年になってウォルドロンは結婚を機にワシントンD.C.により近いヴァージニア州北部に居を移します。当時のワシントンD.C.はカントリー・ジェントルメンに代表されるようにフォーク・リヴァイヴァルの波に乗ってブルーグラス音楽は大学生を中心として大変な人気がありました。

ウォルドロンも多分に漏れず、その地で「ページ・バレー・ボーイズ」(The Page Valley Boys)というバンドに属しマンドリン奏者として活躍します。バンドにはビル・エマーソン(Bill Emerson)が在籍していて、やがてエマーソンはウォルドロンを誘って「リー・ハイウェイ・ボーイズ」(The Lee Highway Boys)を結成します。このバンドはすぐに「エマーソン&ウォルドロン」(Emerson & Waldron)と名に改め、ワシントンD.C.界隈の人気バンドとなりました。

エマーソンとウォルドロンの他にはマンドリンのガーランド・オルダーマン(Garland Alderman)とベースにトム・グレイ(Tom Gray)がいました。それから6ヶ月後にフィドルのビル・ポッフィンバーガー(Bill Poffinberger)が入り、しばらくしてトム・グレイが抜け、替わってエド・フェリス(Ed Ferris)が加入しています。

彼らはワシントンD.C.周辺にみられるブルーグラス音楽の新しい潮流に逆らうことなく、フォークからロックまであらゆる音楽ジャンルの素材を積極的に取り入れ演奏しました。

彼らはこの方法で次々と新しい音楽をアレンジして演奏します。例えばティム・ハーディンの「もし私が大工だったら」(If I Were A Carpenter)やクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(C.C.R.)の「プラウド・メアリー」(Proud Mary)、ゴードン・ライトフットの「朝の雨」(Early Morning Rain)などがありました。
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by scoop8739 | 2018-01-16 11:11 | セルダム・シーン
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