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243 カントリー・ガゼットの音楽歴 (その6)

1977年から次のカントリー・ガゼットのアルバムをレコーディンするまでの期間、アランとローランドは新しいバンド・メンバーを探し始めます。

a0038167_08310653.jpgその間に、アランとローランドは昔のメンバーのバイロン・バーラインとデイヴ・ファーガソン、さらにエディ・シェルトンらと一緒に、『ストーン・マウンテン・ボーイズ』というアルバムをリリースしています。このアルバムにはゴードン・ライトフットの「朝の雨(Early Morning Rain)」と「レッドウッド・ヒル(Redwood Hill)」)の2曲や、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの名曲「悲しみはぶっとばせ(You've Got To Hide Your Love Away)」、バイロンの「ハックルベリー・ホーンパイプ(Huckleberry Hornipe)」ほか、ブルーグラスの名曲が収録されています。

さらにアランとローランドは、ビル・モンローと一緒にバンドで活躍したフィドル・プレイヤーのボビー・ヒックスのソロ・アルバムのために、そのセッションで数曲のフィドル・チューンをバック・アップしています。

1978年になってやっと、テキサスで「ロアノーク」というバンドにいたジョー・カー(Joe Carr、ギター&ヴォーカル)とマイケル・アンダーソン(Michael Anderson、ベース&ヴォーカル)がバンドに参加することになりました。

a0038167_08315627.jpg1978年の秋、ガゼットはそれまでのアコースティック・インストゥルメントにゲスト・ミュージシャンとしてデイヴ・ファーガソン(フィドル)、スリム・リッチー(ギター)、トミー・スパーロック(Tommy Spurlock、ドブロ&ヴォーカル)、マイク・マッカーティ(Mike McCarty、ドラム)、マイケル・J・ドホーニー(Michael J. Dohoney、ドラム)という布陣で、アルバム『これとお金のすべて(All This and Money Too)』をレコーディングします。このアルバムの収録曲は、フライング・ブリトゥズのナンバーから2曲、ビートルズの「エリナー・リグビー(Eleanore Rigby)」、フラット&スクラッグスの名曲「なぜ言わないの?(Why Don't You Tell Me So)」などが収録され素晴らしい出来上がりとなりました。

a0038167_08372319.jpg1979622日から24日には「第6回テルライド・ブルーグラス・カントリー・ミュージック・フェスティバル」に出演し、エルトン・ジョンの曲「ホンキー・キャット」を演奏します。これがライヴ・レコーディングされてフライング・フィッシュ(Flying Fish)より、「テルライヴ(Tellulive)」というタイトルでリリースされています。

次に1979年と1981年にアメリカをツアーした日本のブルーグラス・バンド「ロスト・シティ・マッド・ドッグス(The Lost City Mad Dogs)」のアルバムのためにガゼットのメンバーたちは彼らをバック・アップしています

この年、ガゼットのメンバーは再びいくつかのソロ・アルバムをレコーディングしています。

a0038167_08325342.jpg最初はアラン・マンデで、ガゼットのメンバー(アラン、ローランド、マイケル・アンダーソン、ジョー・カー)と共にアルバム『バンジョー・キッズ・ピックス・アゲイン(Banjo Kids Picks Again)』をレコーディングします。 ゲスト・ミュージシャンにはサム・ブッシュ、スリム・リッチー、ジェリー・ダグラス(ドブロ)が参加しました。

a0038167_08330385.jpg続いてはダン・ハッカビーのアルバム(ガゼットのメンバーではないのですが、ガゼットのソロ・アルバムに多く参加しています)でした。これは19799月にレコーディングされた『アコウスティック・スティール(Acoustic Steel)』というものでした。

a0038167_08351649.jpgさらにジョー・カーがソロ・アルバム『オッター・ナンセンス(Otter Nonsens)』をレコーディングします。これにはカントリー・ガゼットのメンバー全員とスリム・リッチー、ロバート・ボウリン(Robert Bowlin、ギター)がゲスト参加しました。


by scoop8739 | 2017-12-22 08:46 | カントリー・ガゼット | Comments(0)
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