238 カントリー・ガゼットの音楽歴 (その1)

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「カントリー・ガゼット」は1970年代に最も影響力のあったブルーグラス・バンドと言われ、しかもヨーロッパで最も人気のあったカントリー・バンドの1つでした。彼らはロサンゼルスに拠点を置き、ブルーグラスとカントリー・ロックをブレンドし、その過程で80年代に起こるニューグラス運動の種を蒔いてきたのです。

フィドルとマンドリンのバイロン・バーライン、ベースのロジャー・ブッシュ、バンジョーのビリー・レイ・レイザムは1971年にバンドを組みディラード&クラークと共演します。このトリオにはギタリストのハーブ・ペダーセン(Herb Pedersen)がゲスト・プレイヤーとして参加します。その後ビリーはすぐにアラン・マンデと交代し、この1971年には20世紀フォックス映画「ウェルカム・ホーム」(Welcome Home, Soldier Boy)のためにいくつかの曲を録音しています。

a0038167_10313608.jpg1972年になってバーラインとブッシュは、フライング・ブリトゥ・ブラザーズの最後となるライブ・アルバム「ザ・ラスト・オブ・ザ・レッド・ホット・ブリトゥズ」に参加します。

さらに2人はブリトゥのセッション直後に、ギターのケニー・ワーツを彼らのバンドに参加するよう説得し、ブリトゥズの解散後には彼を加えたバンドのデビュー・アルバム「Our Traitor in Our Midst(パーティーの裏切り者)」のレコーディングに取りかかります。

このアルバムはジム・ディクソン(※1)によって制作された最初のアルバムとして、1972年にユナイテッド・アーティストによってリリースされました。これにはハーブ・ペダーセン、スキップ・コノヴァー(Skip Conover)、クリス・スミス(Chris Smith)がゲスト・プレイヤーとして参加しています。

a0038167_10332012.jpgアルバムは伝統的なブルーグラスとカントリー・ソング(「ロスト・インディアン」やルーヴィン・ブラザーズの「アイ・ウイッシュ・ユー・ニュー(I Wish You Knew)」と、オリジナル曲で構成されています。アメリカン・コミック並みのカラフルなアルバムのパッケージが楽しい雰囲気を演出しています。

※1 ジム・ディクソンは、バーズ(The Byrds)のレコーディングの際にプロデューサーを務め、後にバーズのマネージャーとなっています。当時、自分がマネージメントして売り出そうとしていたジェット・セット(後のバーズ)にベーシストを必要としていたディクソンは、クリス・ヒルマンにベーシストとしての参加を要請します。ディクソンがどうしてマンドリン奏者のクリスを誘ったのか、そしてヒルマンがどうしてその申し出を受けたのか、理解に苦しむところですが、この人選がなければカントリー・ロックというものは誕生しなかったかも知れません。

その年の夏、ガゼットはより多くのロック指向のリスナーのためにディズニー・ランドで演奏活動を行います。さらにスティーブ・ミラー、クロスビー&ナッシュ、ドン・マクリーンのオープニング・アクトとしても演奏します。またその年の後半に彼らはアムステルダムでライブ・アルバム「ブルーグラス・スペシャル」を録音しリリースしています。


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# by scoop8739 | 2017-12-04 12:37 | カントリー・ガゼット