04 「O Brother!」のサントラ盤がライヴで

a0038167_1047818.jpgテネシー州ナッシュビルというと、カントリー・ミュージックの都として有名です。数多くのレコーディング・スタジオやレコード会社、楽器店、CDショップ、ライヴ・ハウスが街中に軒を連ねているそうです(ぼくは一度も行ったことがないので、これはあくまで情報頼りですが…)。

このナッシュビルに、「オープリー・ハウス」というカントリー・ミュージックの殿堂的なコンサート・ホールがあります。1925年から始まったラジオ番組「WSMバーン・ダンス」は、当時、ライマン公会堂を使っての生放送でしたが、これが予想以上の大成功を収めたのでした。

これに気をよくした地元のラジオ局WSMーAM650は思い切ってナッシュビル郊外に広大な土地を購入し、「オープリーランド」というテーマ・パークを開園させました。もちろん公開放送の収録もここで行うことにして、ラジオだけでなくテレビの方にも進出を決定しました。中には公開録音スタジオの「オープリー・ハウス」と楽しい遊園地があり、現在でもカントリー・ミュージックの中心として全国民に親しまれています。

この「オープリー・ハウス」で、2000年5月24日に「オー・ブラザー」のサウンド・トラックに基づいたショウが行われました。ここではソングライターであり、バンジョー・プレイヤー、そしてフィドラーでもあるジョン・ハートフォードが、独特の飄々とした語り口でジョークを交えながら司会、進行役を務め、次々とアーティストを紹介していきます。

そこには、アメリカ南部の誇り高き女性シンガー、エミルー・ハリスがいます。そして彼女がレコーディングした「Orphan Girl」によって一躍ナッシュビルでのソングライターの位置を確立したと言われるギリアン・ウェルチもいます。ギリアンを支えるかのように歌うのはアリソン・クラウスです。この当時のアリソンは若干30歳にして堂々たる貫禄を見せてくれます。さもありなん、彼女は今やポップ・カントリーの世界においてその才能を認められたシンガー、フィドラーとしてだけではなく、コックス・ファミリーやニッケル・クリークなどの作品を手がける名プロデューサーとしても評価が高いのです。

エミルー、アリソンと並んでショウの中心に立つのがギタリストのノーマン・ブレイクです。マンドリン・プレイヤーとしてそのキャリアをスタートさせた彼の作品は、ボブ・デュランをはじめジョーン・バエズ、ジョニー・キャッシュらのアルバムにセッション参加しているものを除いても、すでに30枚以上となっています。

映画「オー・ブラザー」でもラスト・シーン近くで登場するフェアフィールド・フォーは、77年のキャリアを持つ白人黒人混合のゴスペル・グループです。またさらに物語を通して常にスクリーンに現れているのがトミー・ジョンソン役のクリス・トーマス・キングです。彼はコンテンポラリー・ブルースのギタリストであり、シンガー、作曲家としてニューオリンズを基盤に活動を行っています。

作品中、最も可愛らしいパートを受け持ったのがピーサル・シスターズでした。長女サラが13歳、次女ハンナが10歳、三女リアが8歳と、微笑ましいコーラスを聴かせてくれます。

そして「オープリー・ハウス」でのトリを飾ったのは、サントラ盤同様ラルフ・スタンレーでした。司会のハートフォードは彼のことを「ナチュラル・キング・オブ・ブルーグラス」と紹介します。それはラルフが150枚以上ものブルーグラスのアルバムに名前をクレジットされていることからも伺えます。

このショウの模様はDVDとして販売されています。ただし国内盤は未発売ですので、通信販売などで購入されるといいでしょう。

なお、このショウを最後に人生の幕を閉じた司会者のジョン・ハートフォードですが、1967年にアルバム・デビューを果たした後、同年、彼の作曲による「ジェントル・オン・マイ・マインド」をグレン・キャンベルが歌って大ヒットさせたのです。これにより彼はグラミー賞作曲賞の栄誉に輝いています。そんな華々しい経歴を持ちながらもほのぼのとしたキャラクターと、彼の弾く素朴なフィドルの音によって多くの信奉者を持つジョン・ハートフォードは、ガンによる長年の闘病生活の末、ついに2001年6月4日に帰らぬ人となりました。享年65歳でした。(次号につづく)

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# by scoop8739 | 2004-07-22 10:46 | プロローグ