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219 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (56)

スターディへの録音 (16)

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続いてA面5曲目から始めましょう。

軽快なバンジョーから始まる「ロング・ジャニー・ホーム」(Long Journey Home)は、ブルーグラスの定番となっている曲です。南部山岳地帯の古民謡で、1930年代にモンロゥ・ブラザースによって世に出されました。この曲は、クラレンス・ホワイトが在籍していたケンタッキー・カーネルズが出演した1964年のニューポート・フォーク・フェスでのライヴ盤で有名ですが、伝説のアコースティック・ギタリスト、ドク・ワトソンとクラレンスの歴史的共演を聴くことが出来ます。また、リフレイン部をとって「Lost All My Money」とも呼ばれています。ジェントルメンは、チャーリーのリード・ボーカルに続いてジョンとエディの3部コーラスで、バイタリティ溢れる、胸のすくような熱唱を聴かせてくれます。

6曲目「テイク・ジス・ハンマー」(Take This Hammer)はオズボーン・ブラザーズ盤でおなじみの、これまたブルーグラスの定番となっている曲で、鎖につながれ重労働を課せられた囚人の反抗の歌です。黒人民謡の神様と呼ばれるレッドベリーによって世に出され、「漕げよマイケル」という曲で有名なモダン・フォーク・グループ、ハイウェイメンなども歌っています。また珍しいところではイギリスのロック・バンド、スペンサー・デービス・グループも彼らのレパートリーにしていました。ジェントルメンはオズボーン・ブラザーズ風に3部コーラスで歌います。

7曲目の「おお、スザンナ」(Oh Susanna)は、スティーブン・フォスター作のミンストレル・ソングとして有名な曲です。1848に初めて出版されましたが、ヨーロッパ音楽と白人アメリカ人の音楽にアフリカン・アメリカンの音楽を融合させた、最も有名なアメリカの歌です。この曲をジェントルメンはインスト曲として演奏します。まずはエディのバンジョーが軽快にメロディを奏で、続いてジョンのマンドリンが続きます。双方、少しずつメロディ・ラインを崩しながらの演奏はブルーグラス・インストの醍醐味と言えるでしょう。

ということで、次回はB面へと続きます。


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by scoop8739 | 2017-09-21 08:57 | カントリー・ジェントルメン

218 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (55)

スターディへの録音 (15)

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それでは、日本のファン向けに特別にレコーディングされ、日本だけで発売されたジェントルメンの幻のレコード「フォーク・ヒッツ・ブルーグラス・スタイル」(Folk Hits Bluegrass Style)を詳しく解説致しましょう。

A面1曲目「風に吹かれて」(Blowing In The Wind)は、おなじみボブ・ディランの作った反戦歌です。この曲は、19624月にディランがグリニッジ・ヴィレッジのコーヒー・ハウス「ガスライト」の向かいにあった「コモンズ」という店で、友人たちと長時間に亘って黒人の公民権運動について討論した果てに数分で書き上げたと言われています。「10分で書いた。古い霊歌に言葉を当てはめたんだ。多分カーター・ファミリーのレコードか何かで覚えたものだと思う。これがフォーク・ミュージックのいつものやり方だ。すでに与えられているものを使うんだ。」とディラン本人が述べています。1963年夏にピーター・ポール&マリーがカバーして世界的大ヒットとなりました。ジェントルメンはブルーグラスのテイストを残しつつも、フォーク・スタイルのコーラスで歌い上げます。

イントロのバンジョーから何となく惹かれる2曲目の「500マイルも離れて」(Five Hundred Miles)の曲自体は古くからの民謡でした。フォーク歌手ヘディ・ウエストによって1961年に紹介され、さらにピーター・ポール&マリーが19625月にリリースした彼らのファースト・アルバムの中に収録され、このアルバムが全米アルバム・チャートで1位を記録し、日本でも広く知らされる事となりました。ジェントルメンは過去に廉価盤「フーテナニー・ア・ブルーグラス・スペシャル」(Hootenanny, A Bluegrass Special)でも歌っています。このヴァージョンはモダン・フォークのグループ、ジャーニーメンを参考にしていて、原曲のイメージを損なうことなく、ジョン・ダフィーが歌う切ないファルセットが胸に染み入る仕上がりとなっています。後に彼は「セルダム・シーン」を結成して最初のアルバムにも、ほとんどこのヴァージョンと同じアレンジで歌っています。

3曲目の「この国はみんなの国」(This Land Is Your Land)はモダン・フォークの生みの親とも言われるウッディ・ガスリー作の名曲です。ブルーグラスではフラット&スクラッグスが1962年発売のアルバム「Folk Songs Of Our Land」の中で歌っています。ジェントルメンはそれとはまた違った、彼らならではのいい味を出しています。チャーリーとジョンの力強いボーカルが魅力的です。

4曲目「ホーム・スウィート・ホーム」(Home Sweet Home)は、我が国では「埴生の宿」という題名で親しまれている曲です。作詞のジョン・ホワード・ペインはアメリカの俳優であり、劇作家で、彼は13歳で孤児になり、生涯、家庭を持たない放浪の人でした。その詞にイギリス人の作曲家ヘンリー・ビショップが曲を付けています。ジェントルメンはこの曲をインストルメンタル曲として演奏しています。エディがスクラッグス・チューナーを多用し、まるで「アールズ・ブレイクダウン」のように演奏します。ジョンも2回目の間奏では、ジム&ジェシーのジェシー・マクレイノルドの十八番で、通称「マクレイノルズ・クロスピッキング」という演奏テクニックを駆使して曲を盛り上げています。

ということで、今回はこの辺で。

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by scoop8739 | 2017-09-19 09:23 | カントリー・ジェントルメン

217 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (54)

スターディへの録音 (14)

1965年、66年頃には、我が国の学生の間でブルーグラス・ブームが沸騰点に達していました。とりわけ、カントリー・ジェントルメンの人気は、フォーク・グループでいうとPP&Mやブラザーズ・フォアの様なものでした。

言わずもがな、ジェントルメンの魅力はモダン・フォークやジャズの要素を取り入れたユニークなモダン・ブルーグラス・スタイルを作っているところで、さらに高度な演奏テクニックと、深みのある歌唱力が備わっているのですから、「鬼に金棒」どころか、大砲まで持っているようなものです。

ジェントルメンは、演奏テクニックを競う学生バンドにとっては格好の目標であり、アイドル・バンドのひとつとなりました。

そんな中、我が国のキング・レコードの若き制作ディレクターが一つの企画を立ち上げます。それは、カントリー・ジェントルメンにフォーク・ソングのヒット曲をブルーグラス・スタイルで演奏させ、それをアルバムで発売しようというものでした。しかも本国アメリカではなく、日本のみの発売という暴挙に打って出ます。

この企画をスターディ社社長ドン・ピアス氏に持って行くと、いとも簡単に了承していただいたのです。ただし彼らはとても忙しいので、1日の録音時間しか与えられないとの返事でした。

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19651115日、その日がやってきました。場所はヴァージニア州フォールス・チャーチにある、といえば、彼らのフランチャイズでもあったピート・ロバーツ(カイケンダル)所有の「ウィンウッド・スタジオ」です。

アルバムに収録されているのは全14曲。モダン・フォークソング3曲と古謡が11曲。その中には3曲のフォスター・メロディが収録されました。

それでは全曲を紹介致しましょう。

A

1曲目「風に吹かれて」(Blowing In The Wind)

2曲目「500マイルも離れて」(Five Hundred Miles)

3曲目「この国はみんなの国」(This Land Is Your Land)

4曲目「ホーム・スウィート・ホーム」(Home Sweet Home)

5曲目「ロング・ジャニー・ホーム」(Long Journey Home)

6曲目「テイク・ジス・ハンマー」(Take This Hammer)

7曲目「おお、スザンナ」(Oh Susanna)

B

1曲目「草競馬」(Camptown Races)

2曲目「赤い河の谷間」(Red River Valley)

3曲目「自由な小鳥」(Free Little Birdd)

4曲目「ケンタッキーの我が家」(My Old Kentucky Home)

5曲目「ローズ・コネリー」(Rose Connelly)

6曲目「さよならケイティー」(Goodbye Katie)

7曲目「蛍の光」(Auld Lang Syne)

次回はA面曲から順次に解説致します。


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by scoop8739 | 2017-09-14 09:48 | カントリー・ジェントルメン

216 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (53)

レベルへの録音 (13)

1965年の夏のある日、カントリー・ジェントルメンは、レベル社の要請でクリスマス・シーズン用の曲をレコーディングをします。場所はメリーランド州バルチモアにある「レコーディングス・Inc」でした。

この時にレコーディングされた曲が、クリスマスの定番曲「ジングル・ベル」(Jingle Bells)、「きよしこの夜」(Silent Night)、「我らは来たりぬ」(We Three Kings)の3曲でした。

このうち「ジングル・ベル」は、196211月にウィンウッド・スタジオで録音されていた「クリスマスには帰ろう」(Christmas Time Back Home)とのカップリングで、翌196611月にレベル社からシングル盤リリース(Rebel F-264)されます。ちなみに「クリスマスには帰ろう」は、レベル社での初シングル盤として、196211月に「天国に帰ろう」(Heavenward Bound)とのカップリングでリリースされています(Rebel F236-45)

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「きよしこの夜」は、「クリスマスには帰ろう」「ジングル・ベル」と共に、1980年に「Christmas Time Back Home」と題されたシーズン企画アルバム(Rebel REB-1600)に収録されました。このアルバムには以下の曲が収録されています。なお、このアルバムは、1994年8月にCD化されています(Rebel CD-1600)

A

1曲目「クリスマスには帰ろう」(Christmas Time Back Home)/カントリー・ジェントルメン

2曲目「クリスマスがやって来る」(Chrismas Times A-Comin’)/ラリー・スパークス

3曲目「ゆっくりと雪が降る」Slowly Fall The Snow Flakes)/ビル・キャロル

4曲目「ブルー・クリスマス」(Blue Christmas)/ラリー・スパークス

5曲目「ジングル・ベル」(Jingle Bells)/カントリー・ジェントルメン

6曲目「罪を犯すなら」(If You Are To Sin Inclined) /ビル・キャロル

B

1曲目「クリスマスは遠くない」(Christmas Is Not Far Away)/レッド・エリスとヒューロン・ヴァレー・ボーイズ

2曲「クリスマスだよ!」(It's Christmas Time)/ラリー・スパークス

3曲目「クリスマスはお家で」(Home For Christmas)/レッド・エリスとヒューロン・ヴァレー・ボーイズ

4曲目「きよしこの夜」(Silent Night)/カントリー・ジェントルメン

5曲目「クリスマスはすぐそこに」(Christmas Is Near)/ラリー・スパークス

6曲目「ベツレヘムの美しい星」(Beautiful Star Of Bethlehem)/ラルフ・スタンレーとクリンチ・マウンテン・ボーイズ

残りの1曲、「我らは来たりぬ」(We Three Kings)は、1857にジョン・ヘンリー・ホプキンズ二世師(Reverend John Henry Hopkins, Jr.)が作詞したクリスマス・キャロルです。東方よりキリストの誕生を祝うためにやって来たという3人の賢者のことを歌っています。なおこの曲は、カントリー・ジェントルメンの4枚組ボックス・セット「アーリー・レコーディング19621971」でのみ収録されています。


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by scoop8739 | 2017-09-12 08:32 | カントリー・ジェントルメン

215 ちょっと一服、1965年(昭和40年)の音楽事情

苦しく悲しい終戦、前だけを向いて頑張ってきた日本の復興期。

戦後20年という一つの区切りとして、前年(昭和39年)には華々しい東京オリンピックが大成功し、「平和の国・日本」が世界各国に認識されました。

しかし、国際的には不穏な時期を迎えています。この年アメリカがベトナム戦争の進捗に業を煮やし、2月から「北爆」を開始したため、ベトナム戦争がさらなる激化を見せた年でもあります。ちなみにこの年生まれた反戦歌がバリー・マクガイアの「明日なき世界Eve of Destruction)」でした。

そんな中、我が国ではこの年の1月に日本航空が海外団体旅行用の「ジャルパック」を発売し大人気を博します。国民生活がすっかり豊かになったせいか、この頃から海外旅行が普及し始めます。

さらに学術の分野では、朝永振一郎にノーベル物理学賞が授与され、日本中が湧きました。

テレビではプロレスが空前の人気となり、プロレス中継は視聴率51.2%にもなったそうです。昔懐かしい大村崑の「オロナミンC(大塚製薬)」のCMもこの頃からのもので、テレビCMや看板・ポスターなどのPRが大成功し、この年のヒット商品になっています。また、日本最初のカラーテレビ・アニメ「ジャングル大帝」が放送開始となり、カラーテレビの普及も本格化し始めました。

ファッション分野では、「アイビールック」が若者に大流行し、中でも特定のブランドが好まれ「VANルック」「JUNルック」が一世を風靡します。

さて本題の音楽のことを書きましょう。忘れられないのは前年(昭和39年)のビートルズの日本デビューでした。彼らの音楽は日本の文化に多いに影響を与えます。この影響もあって、歌謡界では加山雄三が自作自演でヒット曲を量産します。もちろん映画「若大将シリーズ」の人気との相乗効果もあったと思うのですが、彼の活躍は後のニュー・ミュージック、シンガー・ソングライターといった時代の流れへと継承されることになります。

a0038167_09113964.jpgこの年に流行った歌は、なんといっても加山雄三の「君といつまでも」でしょう。さらに、都はるみの「涙の連絡船」、北島三郎の「兄弟仁義」、田代美代子、和田弘とマヒナスターズの「愛して愛して愛しちゃったのよ」、菅原洋一の「知りたくないの」、石原裕次郎の「二人の世界」と続きます。

演歌ばかりが流行歌ではありません。ペギー葉山の「学生時代」、坂本九の「涙くんさよなら」など、その後の歌謡ポップスへとつながって行きます。しかしながら、この年のレコード大賞は美空ひばりの「柔」が獲り、やはり当時の日本人には「演歌」が一番というのが頷けられます。

また我が国で流行った洋楽はというと、ライチャス・ブラザーズの「アンチェインド・メロディ」、フランス・ギャルの「夢見るシャンソン人形」、深夜ラジオの影響か、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの「ビター・スウィート・サンバ」、そして圧倒的に強かったのがビートルズの「イエスタデイ」「ヘルプ!」。それに続けとばかりに、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」や、ビーチ・ボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」でした。

私的には、ベンチャーズの「ダイヤモンド・ヘッド」や「十番街の殺人」、映画007シリーズの主題曲「ゴールド・フィンガー」、バーズの「ミスター・タンブリンマン」、ホリーズの「バス・ストップ」、ブラザース・フォアの「7つの水仙」、マージョリー・ノエルの「そよ風に乗って」なんかが好きな曲でした。

中2坊主の私は、ラジオから流れる洋楽を聴いて、ノートにその週のランキング表を作ったり、肩下げカバンのヒモに部分にマジックで「VAN」と書いたり、「ボーイズ・ライフ」という雑誌のマンガ「007シリーズ」に影響を受けてスパイごっこをしたり、勉強以外のことに夢中になっていた時代です。


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by scoop8739 | 2017-09-11 09:12 | ブレイク・タイム

214 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (52)

レベルへの録音 (12)

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さて今回は、アルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)B面3曲目「風吹きすさぶ国」(A Cold Wind Blowing)からです。この曲もまた前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)B面1曲目に収録されるはずの曲を再度レコーディングしたものです。作者の一人、アン・ヒル・ストリーターは当時を振り返りこう語っています。「私は公民権運動に参加した折、ボブ・ディランの名曲”風に吹かれて”(Blowing In The Wind)を意識した歌詞を思いついて書き、これにジョン・ダフィが曲を付けました」と。

4曲目「スパニッシュ・ツー・ステップ」(Spanish Two Step)は、カントリー・スウィングの雄、ボブ・ウィルスの作品です。彼は1935年にコロンビア、1955年にはデッカでそれぞれレコーディングしています。またこの曲は、名曲「サン・アントニオ・ローズ」を作曲する際の基礎となったそうです。チャーリーのギター・ワークが光るインスト曲です。

5曲目「アンクル・ジョー」(Uncle Joe)もまた、前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)B面2曲目に収録される曲を再度レコーディングしたものです。エディの子供時代の想い出を、「アンクル・ジョー」を通して描いています。彼のヴォーカルも聴き逃せません。

そして最後の6曲目「光を求めて」(Let The Light Shine Down)はセイクレッド・ソングです。1955年に、御大ビル・モンロゥがデッカにて録音を残しています。「正しく生きられるように、道を踏み外さないように、神よ我に光を」と歌っています。

以上がアルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)のすべてですが、実はこのセッションでもう2曲ほどレコーディングされていました。

その1曲が「罪人とバラ」(The Convict And The Rose)です。この曲はベティ・チャプリンとロバート・キングの共作で、ハンク・スノウが1958年にレコーディングしています。ハンクをアイドルとするチャーリーがこの曲をグループに持ち込んだものと思われます。ブルーグラスにアレンジされたこのヴァージョンはレベル社が1998年に、カントリー・ジェントルメンの4枚組ボックス・セット「アーリー・レコーディング19621971」を編集する際に新しく収録しています。

もう1曲は、「静かに揺れよ、愛しい荷車」(Swing Low, Sweet Chariot)です。ビル・モンロゥの1973年発売のライヴ・アルバム「ビーン・ブロッサム」(Bean Blossom)では、出演者が総出で最後の締め括りにこの曲を合唱しています。原曲は、1870年代にテネシー州ナッシュビヴィルのフィスク大学で活動していたアフリカ系アメリカ人グループ「ジュブリー・シンガーズ」(The Jubilee Singers)によって、アメリカ各地に広められた黒人霊歌でした。歌詞にはチャリオットに乗って天国へ昇る描写がありますが、これは旧約聖書に登場するユダヤ人の預言者エリヤ(The Prophet Elijah)が火の戦車に乗って天に昇っていく様子と関連があるとされています。この曲はレコーディングされたものの、マスターが紛失してしまい、残念ながら現存していません。

ということで、アルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)セッションでレコーディングされた曲の解説を終わらせていただきます。
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by scoop8739 | 2017-09-07 08:35 | カントリー・ジェントルメン

213 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (51)

レベルへの録音 (11)

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カントリー・ジェントルメン初のオリジナル・アルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)A面の残り2曲とB面の2曲を解説致します。

A面5曲目「ブラウン・マウンテン・ライト」 (Brown Mountain Light)は、前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)A面5曲目に収録されるはずの曲で、このヴァージョンはその時録音したものです。前ライヴ盤「ゴーイング・バック・トゥ・ザ・ブルー・リッジ・マウンテンズ」(Going Back To The Blue Ridge Mountains/当時は未発表)では9曲目に収録されます。この当時のライヴのレパートリーだったのしょう。その後も残されているブートレグ・テープでも常に演奏されている曲です。

6曲目「ノースバウンド」(Northbound)は、19世紀にベンジャミン・ハンビーによって作られた古い曲「ダーリン・ネリー・グレー」(Darling Nelly Gray)をカントリー・ジェントルマン風に味付けしたインスト曲です。かつて彼らが、フォークウェイズ社でのアルバム「フォークソングス&ブルーグラス」(FA-2410)の中で収録していた「サウス・バウンド」(Southbound)というインスト曲がありましたが、これはその続編でもなく、単に「南行きもあれば、北行きもある」といった具合なのかもしれません。あえて邦題を付けるならば、小林旭の歌のような題名「北帰行」となるのでしょうか? それはともかく、スタンレー・ブラザーズもまた、アルバム「フォーク・コンサート」の中で演奏しています(「ダーリン・ネリー・グレー」(Darling Nelly Gray)というタイトルで)。この曲、後にジョンが結成する「セルダム・シーン」のレパートリーに入っていてもおかしくないと思うのは、私だけでしょうか?

B面1曲目「住む所とてなく」(This World’s No Place To Live)もまた、前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)A面2曲目に収録されるはずの曲を再度レコーディングしたものです。「冷たく静かな夜明けに、私は一人、この浮き世を旅する、風がかつて我が犯せし罪を、こだまのように吹き返す」と歌われる、モダン・フォーク的ニュアンスの曲です。

2曲目「北国の少女」(Girl From The North Country )は、ボブ・ディランのセカンド・アルバム「フリー・ホイーリン」(The Freewheelin')の中の1曲で、北国の少女との過ぎし日の恋をしのんだ歌です。原曲自体がカントリー風であり、ジェントルメンは彼らのスタイルにアレンジして演奏しています。

というところで、続きは次回に。


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by scoop8739 | 2017-09-04 08:37 | カントリー・ジェントルメン