<   2006年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

178 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (18)

フォークウェイズ・デイズ (5)

a0038167_2127546.jpgアルバム「フォーク・ソングス・アンド・ブルーグラス」は、前作のコンセプトを引き継ぎながらも、サウンド面での強化が施されたものでした。

A面1曲目は、スタンレー・ブラザーズの演奏でも有名な「45号列車」(Train 45)です。最初の頃はフィドル・ナンバーとして演奏されていましたが、モダン・フォークの父、ウッディ・ガスリーが「900マイル」と歌い、フォーク・ブルースでは「オールド・ルーベン」「ルーベンズ・トレイン」「ルーベン・ブルース」などのタイトルで歌われました。ジェントルメンの演奏するこの曲は、ジョン・ダフィーのドブロをフィーチャーしてモダンな仕上がりとなっています。

2曲目「リトル・ベッシー」はトラディッショナルなゴスペル・ソングです。人生の幸福の絶頂と不幸のどん底の二つの生活は、死というものによって初めて天国に召され、その二つの道はひとつにたどり着くという内容の曲ですが、ジェントルメンは独特の味のあるトリオ・コーラスで歌っています。ジョンの力強いテナーが曲自体をぐいぐいと引っ張っていっています。

3曲目の「ザ・フィールズ・ハブ・ターンド・ブラウン」もスタンレー・ブラザーズが取り上げて有名になったスタンダード・ナンバーです。ジェントルメンはこの曲もスタンレーを参考に演奏しています。チャーリーの渋いリード・ボーカルがとてもいいですね。

4曲目「ゼア・アット・レスト・トゥゲザー」は、ベイリス・ブラザースとともに第二期カントリー・ミュージック黄金期を支えた人気グループ、カラハン・ブラザースの作品をブルーグラス・アレンジしたものです。この曲もトリオ・コーラスで聴かせてくれます。

5曲目の「ストラッティング・オン・ザ・ストリングス」は、バンジョーのエディ・アドコックのオリジナルです。ブラック・マウンテン・ラグを思い起こすメロディーですが、ツイン・バンジョーで演奏されています。セカンド・バンジョーはピート・カイケンダルなのかな?

6曲目「貴女への追想」(Remembrance Of You)は、1960年4月に行われたスターディでの9回目のセッションでも録音されていますが、基本的には両方とも全く同じパターンで演奏されています。恋人の死の描写を優雅に表現方法した曲です。トリオ・コーラスの後にチャーリーのリードが続きます。

7曲目の「レッド・ロッキン・チェアー」は、このアルバムの録音直前のスターディでの10回目のセッション(1961年3月頃)で録音されたものとほとんど同じ演奏形式で録音されました。チャーリー・モンロウ、ハリー&ジェニー・ウエスト、ドッグ・ボックらが演奏しているようなサザン・マウンテン・フォーク・ソングの曲で、ジョンのお気に入りの曲です。ここではドライヴの効いたジェントルメンの演奏が聴かれます。

8曲目はカントリー系ミュージシャンの愛唱歌で、チャーリー・モンロウをはじめ、モーリス・ブラザーズ、カーター・ファミリーの演奏でもお馴染みの曲「永遠の絆」(Will The Circle Be Unbroken)です。ミズリー、アーカンソー州で活躍した聖歌隊ホーリー・ローラー・シンガーが歌ったのが一番古いとされています。ジェントルメンの演奏はジョンのリードで気持ちよく歌われています。

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-28 21:28 | カントリー・ジェントルメン

177 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (17)

フォークウェイズ・デイズ (4)

1961年はカントリー・ジェントルメンが飛躍する年となりました。5月にはオバリンにある大学で初めてのコンサートを行い、9月には音楽誌「シング・アウト」主催によるカーネギー・ホールでのコンサートに出演します。これらにより彼らは本拠地ワシントンD.C.のみならず、東海岸のフォーク界に影響を及ぼす存在へとなっていきます。

a0038167_1613345.jpgさて、フォークウェイズ社から発売された前作「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」が好評だったので、ジェントルメンはこの年に同レーベルでの第2弾アルバムを企画します。このアルバムは前作と違ってベースにトム・グレイが加わったため、彼の4ビート・ベースを強調して作られています。

これはスターディ盤でのレコードの音質の悪さを克服したもので、エンジニアのピート・カイケンダルはジョン・ダフィーの指示のままに、ベースの音がちゃんと聴こえるように原盤作りを進めます。その結果,独特のサウンドに仕上がりますが、それは特にトリオ・コーラスの部分に多く現れています。つまり、ベース以外のメンバーはリズム・ワークを気にせずに自分のボーカルに集中できるようになったのです。

こうして出来上がったアルバムは全16曲のうち器楽曲はたったの3曲で、ボーカル曲の13曲のうち8曲がトリオで歌われていて、さらにそのうちの4曲は最初から最後まで一貫してトリオで歌われています。こうしたアルバム制作の意図によって、ジェントルメンは若いバンドとしての力強さの多くを再現できたと思われます。

このサウンドは「プログレッシヴ・ブルーグラス」と呼ばれるようになりますが、1960年初頭においてはブルーグラス本来の形からの過激な離脱のように思えました。ところが、このサウンドは東海岸の大学生を中心とする多くの聴衆に支持され、大いなる成功を収めたのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-26 16:14 | カントリー・ジェントルメン

176 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (16)

スターディ時代 (9)

ベースのトム・グレイが正式にジェントルメンに加入したのは1960年10月でした。ただしレコーディングとして残っているは1961年3月からで、その月の19日にスターディでの10回目のセッションが行われています。この時、シングル盤のために用意した「レッド・ロッキング・チェア」、「我が心は終りぬ」(I Know I've Lost You)の2曲に加え、「ザッツ・ザ・ウェイ・ユー・フィール」が録音されています。

「レッド・ロッキング・チェア」は、1940年代にチャーリー・モンロウがRCAレコードに残した録音を基に、ジョン・ダフィが斬新なアレンジを加えています。妻に去られ、赤子をかかえて非嘆にくれる、「浪曲子守唄」の主人公のような男のことを歌ったこの曲は,軽やかなマンドリンでキック・オフし、ジョンのソロで歌われます。この曲は、これ以降ずっと彼らのレパートリーとしてライヴなどで歌われ続けます。

a0038167_19165276.jpgまた「我が心は終りぬ」は、ピート・カイケンダルの収蔵するコレクションの中の1曲で、古いカントリー・ソングでした。トリオ・コーラスに続いてソロ・パートをジョンが歌っています。なお、この曲と次の曲のセッションではケニー・ハドコックがドブロを弾いています。余談ですが、彼はこの年の10月に行われたカーネギー・ホールでのコンサートでも、ドブロでジェントルメンに参加しています。

「ザッツ・ザ・ウェイ・ユー・フィール」は、スタンレー・ブラザーズによって歌われていた曲です。トム・グレイのベースが快調にフォー・ビートのリズムを刻む中、これもまたソロ・パートをジョンが歌っています。この2曲はカップリングで1961年9月にスターディからリリースされました。

【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-18 23:45 | カントリー・ジェントルメン

175 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (15)

フォークウェイズ・デイズ (3)

a0038167_21313966.jpgB面1曲目「エレン・スミスの物語」(Ellen Smith)は、1893年8月にノース・キャロライナ州エアリー山で実際に発生した殺人事件を基にして作られた代表的なマーダー・ソングです。ジェントルメンは4月20日のスターディでの録音に続いて、ここでも再録音しています。ジョンのフェイバリット・ソングなのだそうで、ソロで気持ちよく歌っています。

2曲目の「黒いベール」(The Long Black Veil)は、もともとはオープリーのスター、レフティ・フリーゼルが歌って1959年に大ヒットした曲です。ジェントルメンが取り上げてからは、キングストン・トリオやジョーン・バエズなど多くのフォーク・シンガーによって歌われました。ブルーグラスではフラット&スクラッグスもレパートリーにしています。人妻と不倫関係を結んでいたためにアリバイの証言できずに死刑になった男と、その相手の女は他人事のように冷静に処刑を見守っていたという内容の曲です。ジェントルメンはトリオ・コーラスで歌っています。

3曲目「ホンキー・トンク・ラグ」(Honky Tonk Rag)は、タイトル通りのホンキー・トンクなインスト曲です。マンドリン、バンジョー、ギター、ベースの順にソロで演奏されます。このアルバムでのベースはジム・コックスです。

4曲目の「ジェシー・ジェイムズ」(Jesse James)は、西部開拓時代の無法者をテーマにしたバラッドです。この曲の主人公は日本で言うところの石川五右衛門や鼠小僧といったところでしょうか。チャーリーの軽やかなリード・シンギングが聴かれます。

5曲目「主よ、あなたの意のままに」(Have Thine Own Way)は、ワシントンD.C.でも格式の高い第5バプティスト教会の「The Modern Hymnal」から採譜したというヒム・ソングで、これもトリオ・コーラスで歌われています。

6曲目の「グッド・ウーマンズ・ラヴ」(A Good Woman's Love)は、カントリー系のソング・ライター、サイ・コウブンが1956年に発表した曲です。ビル・モンロウやハンク・ロックリンと言った大物シンガーもレパートリーに入れているほどの名曲です。コーラスをトリオで、サビはチャーリーがソロで歌います。間奏のマンドリンが哀愁を誘います。

7曲目「双頭の鷲の旗の下に」(The Double Eagle)は、1903年にジョセフ・フランツ・ワーグナーが発表した有名なマーチ・ソングです。ハンク・トンプソンのウェスタン・スィングでもお馴染みのこの曲は、チャーリーのギターをフィーチャーして演奏されます。イントロのドラムのような音は5.6弦をクロスして叩くように弾いています。

アルバム最後の曲「ダーリン・アラリー」(Darling Alalee)は、スターディでの1月のセッションでも録音しています。この曲は、南北戦争時代には「Ella Rhee」というタイトルでミンストレル・ショーのステージでよく歌われていました。チャーリー節がたっぷりと聴かれます。

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-16 21:35 | カントリー・ジェントルメン

174 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (14)

フォークウェイズ・デイズ (2)

a0038167_23285261.jpgアルバム「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」は、そのタイトルが示す通り、古いカントリー曲をモダンな感覚でアレンジしたものでした。

A面1曲の「さすらいの賭博師」(Roving Gambler)は、かつて「The Journey Man」や「The Roving Journey Man」というタイトルで歌われていたホーボー・バラッドでしたが,フォーク・リバイバルで取り上げられるようになって以来、フォークやブルーグラスの愛唱歌となっています。ジョン・ダフィーのリードで歌われます。

2曲目の「小さな雀」(The Little Sparrow)は、「Come All Your Fair Tender Ladies」というタイトルでよく知られている曲で、ピーター・ポール&マリーのレパートリーにもなっているお馴染みのものです。この曲は古いスコットランド民謡の「O.Waly Waly Gin Love Be Bonny」とも関連があるようです。この曲は最初はトリオ・コーラスで歌われ、サビでチャーリー・ウォーラーがリードをとります。

3曲目の「岸辺より遠くはなれて」(Drifting Too Far)は、ブルーグラスではすっかり定番となったセイクレッド・ソングです。J.T.リチャードソン尊師が題材を提供したと言われています。この曲はずっと通してトリオ・コーラスで歌われます。

4曲目「ウィーピング・ウィロー」(Weeping Willow)は、チャーリーがオリジナル・カーター・ファミリーの「Burry Me Beneath The Willow」をアレンジしたものです。私たちはこの曲で初めてエディのギャロッピング・スタイルのバンジョー奏法を耳にしました。ジョンのマンドリン・プレイも冴えています。

5曲目の「明日は私の結婚式」(Tomorrow's My Wedding Day)は、「Ain't Gonna Work Tomorrow」というタイトルがついているもので、これもオリジナル・カーター・ファミリーの作品です。ジェントルメンは5ヶ月前のスターディでの8回目のセッションでもこの曲をレコーディングしています。

6曲目の「チャーリー・ローソン家の悲劇」(The Story of Charlie Lawson)は、モーリス・ブラザースやスタンレー・ブラザースによって歌われている曲で、1929年12月25日のクリスマスの夜にノース・キャロライナ州ストークス・カウンティで起こった一家惨殺事件を題材にしたものです。この曲もずっと通してトリオ・コーラスで歌われます。

7曲目「七面鳥のこぶ」(Turkey Knob)は、バンジョーのエディ・アドコックの作品で、彼の故郷ヴァージニア州スコッツヴィルのある場所のことを題材にしています。この曲でもエディのギャロッピング・スタイルのバンジョーが聴かれます。またこの曲は、かつてナターシャー・セブンの城田じゅんじが得意としていたインスト曲で、エディの雰囲気がよく表れています。またマンドリンの坂庭省悟もジョン・ダフィーそっくりに演奏しています(城田じゅんじ/Soft Shoes)。

A面最後の曲「ポールとサイラス」(Paula & Silas)は、聖書の「使徒行伝」から題材を得た作品です。このようにブルーグラスやオールド・タイム・ミュージックには聖書からの引用が数多く見られます。イントロのギターと間奏のドブロはジョンが弾いています。

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-14 23:31 | カントリー・ジェントルメン

173 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (13)

フォークウェイズ・デイズ (1)

ジェントルメンは、チャーリー・ウォーラーの野太いボーカルとジョン・ダフィーの甲高く力強いテナー、そして太く響くエディ・アドコックによるトリオ・コーラスに磨きをかけ、今までにないブルーグラス・コーラスのスタイルを確立します。

また一方で、ジョンと彼の親しい友人ピート・カイケンダルの二人は、議会図書館などで見つけた古いカントリーのレコードから、人々に忘れられたようなヒルビリー・ソングを発掘し、ブルーグラスにアレンジして演奏する方法をとります。さらにスタンレー・ブラザーズの非公式の演奏やライブでの演奏をテープに録音し、これらをモダンにアレンジして彼らのレパートリーとしていました。

a0038167_21382564.jpgそんな中、ジョンはスターディ社にアルバムの制作を持ちかけます。しかしその頃のスターディ社はまだまだ余力がなく、よく売れるであろうと思われるオムニバス盤やスタンレー・ブラザーズ、カール・ストーリーなどのビッグ・ネームのアルバム制作にしか興味がありませんでした。そこで彼は、中学からの友人でありニュー・ロスト・シティ・ランブラーズとしてフォークウェイズ社に実績のあるマイク・シーガーの伝手を便って同社へ売り込み、これに成功します。こうして録音されたものが「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」というアルバム・タイトルでリリースされます。

このアルバムは、日本ではアメリカに遅れること4年後の1964年9月に発売されますが、その時に「モダン・ブルーグラスの華」というタイトルがつけられています。つまり、古いカントリー・ソングを当時としてはかなりモダンなサウンドにアレンジしたものだったのです。こうして前年から発売されていた一連のアルバムによって、当時の大学生(どうも関東に偏っていたようですが…)などに受け入れられ、我が国に空前のカントリー・ジェントルメン・ブームが沸き起こったのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-13 21:39 | カントリー・ジェントルメン

172 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (12)

スターディ時代 (8)

ジェントルメンにとって通算8枚目のシングル盤のためのセッションは、1960年4月20日に行われました。この日にレコーディングされたのは、1893年ノース・キャロライナで実際に怒った殺人事件を歌った「かわいそうなエレン」(Poor Ellen Smith)と、そのカップリング曲「ヘレン」。さらに「ブルー・マン」と「リメンバランス・オブ・ユー」の4曲でした。

「ヘレン」はアラバマのデュエット、レブ&レイブのレコードからの音源を基にしたロマンチックな香りに包まれた佳曲です。「ブルー・マン」はエディ・アドコックが前に在籍していたグループ、ビル・ハレルのバンドから持ち込んだレパートリーでした。また「リメンバランス・オブ・ユー」はピートが書いた曲で、そのメロディーは1950年代半ばに作られた曲からインスパイアされています。この曲では2台のマンドリンが使われています。

ところで、この年1960年はジェントルメンにとって大きな年となりました。スターディではシングル盤のみのリリース契約だったのですが、彼らはLP盤をリリースするためにフォークウェイズ社とまた別の契約をしたのでした。この契約で2年間にスタジオ録音盤2枚リリースすることとなります。

【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-11 00:22 | カントリー・ジェントルメン

171 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (11)

スターディ時代 (7)

a0038167_0173462.jpg前回のセッションで納得いかなかった彼らは、再び「フリーダム・ベル」の録音にチャレンジします。この曲は自由を讃えた高らかな希望の曲で、コーラス部のハイテナー(ほとんど裏声に近いもの)は、嫌みにならないギリギリのところで程よくハーモナイズされていて、こんなところにも彼らの技量の高さが感じられます。また、今回のセッションではオートハープが使用されていますが、たぶんマイク・シーガーが演奏しているものと思われます。ダフィーはオーバー・ダビングでドブロも弾いています。

この日、同時にシングル盤用のカップリング曲として、ノスタルジックな雰囲気を持つ「ヒルズ・アンド・ホーム」も録音され、この年の9月にリリースされます。

続いて8回目のセッションは翌1960年1月に行われました。このセッションで録音されたのは、ドブロが効果的にフィーチャーされたスロー・ナンバーの「トムへの手紙」(A Letter To Tom)。そして、南北戦争以前の古い民謡である「ダーリン・アラリー」(Darling Alalee)でした。この曲はブルー・スカイ・ボーイズのナンバーをアレンジしたものです。この2曲がシングル盤用にカップリングされ3月にリリースされます。さらにカーター・ファミリーによっても歌われていた古い民謡の「さぼりたや節」(Ain't Gonna Work Tomorrow)と、この曲をあわせた全3曲が同じセッションで録音されています。

【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-07 23:54 | カントリー・ジェントルメン

170 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (10)

スターディ時代 (6)

次なる兆しは、前回のセッションから1ヶ月後の1959年6月、ジェントルメンに新しいバンジョー奏者が加入します。彼の名前はエディ・アドコックといい、1950年代の半ばまではヴァージニアのローカル・カントリー・バンド、スモーキー・グレイヴスのブルー・スター・ボーイズというところでバンジョーを弾いていました。

この頃のエディは、スクラッグス・ロールを完全にマスターできずにいたのですが、ダン・リーノウの教えを受けてからリーノウ・スタイルに活路を見出します。つまり、スクラッグス・ロールを多用しないで済む独自のフィンガリングをマスターしたのでした。

その後、リーノウの紹介でオールド・ドミニオン・バーンダンスのレギュラーだったマック・ワイズマンのカントリー・ボーイズに参加した後、ワシントンD.C.に移りビル・ハレルのロッキー・マウンテン・ボーイズに加わっています。

この頃のロッキー・マウンテン・ボーイズは、後にジェントルメンが取り上げて成功を収める手法、つまり他の分野、とくにジャズのナンバーをブルーグラスにアレンジしたスィンギーでジャージーなサウンドを好んで取り上げていて、エディがブルーグラスに対するアプローチを違ったものにする要因がここにあったのです。

さて、そんなエディが加入して初めてのセッションでの曲が「ニュー・フリーダム・ベル」でした。この時のテイクは彼らのとって満足のいくものではなかったようで、後日ふたたびレコーディングをしています。なお、このセッションからベーシストにジム・コックスが起用されています。彼は約1年に亘ってジェントルメンをアシストしています。

【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

人気blogランキングへ


[PR]
by scoop8739 | 2006-02-06 20:39 | カントリー・ジェントルメン

169 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (9)

スターディ時代 (5)

さてジェントルメンに新しい兆しが現れます。1989年5月13日に行われた6度目のセッションにベーシストとして呼ばれたのが、のちにリズム・ワークを掌ることとなるトム・グレイでした。ただしまだ正式メンバーとしてではなく「ノーバディ・ビジネス」1曲のみの参加でした。またこの時、同時に録音されたのは、「9ポンドのハンマー」、「おとめの挽歌」(I'll Never Mary)、「トラベリング・ドブロ・ブルース」と合わせての4曲となっています。

「9ポンドのハンマー」はお馴染みのトラディッショナル・ナンバーです。この曲では、ピートがオーバー・ダビングでフィンガー・ピッキング・スタイルのリード・ギターを弾いています。「おとめの挽歌」は、カーター・ファミリーがレパートリーとして歌っていた乙女の失恋歌でした。ジェントルメンのこの曲は後にロアノークでのライヴ盤にも収録されていますが(ただしロアノークでの演奏ではありません)、長い間持ち歌にしていたようです。この曲でダフィーはオーバー・ダビングでドブロを弾いています。「トラベリング・ドブロ・ブルース」はそのダフィーのドブロをフィーチャーした曲です。

「ノーバディ・ビジネス」(邦題:ボクだけのこと)は、汗水流して働いて得た賃金を、みんな女房に取られる哀れな男のことを歌ったトラディッショナル・ナンバーです。この曲はスタンレー・ブラザーズもレパートリーとして取り上げているストレイトなブルーグラスです。なお、ジェントルメンは1961年11月6日のスターディでの11度目のセッションで再びレコーディングしています。その時の録音はエコー処理で少しモダンな仕上がりとなっています。聴き比べてみるのもいいでしょう。

なお、「おとめの挽歌」と「トラベリング・ドブロ・ブルース」はカップリングで、同月にシングル盤として発売されています。

【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

人気blogランキングへ
[PR]
by scoop8739 | 2006-02-05 14:46 | カントリー・ジェントルメン