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16 オズボーン・ブラザーズの果敢なる挑戦

a0038167_104227.jpg兄ボブと6歳違いの弟ソニーは、ケンタッキー州東部のハイドン郊外で音楽好きの父親のもとに生まれました。そして彼らの音楽キャリアのスタートは、第二次大戦後まもなく一家が移り住んだオハイオ州デイトンで始まります。

まず兄ボブがテキサス・ホンキー・トンク・スタイルのカントリー・シンガー、アーネスト・タブに憧れてエレキ・ギターを始めます。やがてビル・モンローを知ることによってブルーグラス音楽に急接近し、そしてバンジョー奏者のラリー・リチャードソンと出逢ってから、二人してロンサム・パイン・フィドラーズに加入したのです。

一方弟のソニーは、ラリーからバンジョーの弾き方を教わり、一日に睡眠時間がたったの2時間と言うほど練習に励む典型的なバンジョー狂いとなってしまいます。そして14歳の夏休み、ブルーグラスの虜となってしまったソニーは、休みを利用して兄のいるロンサム・パイン・フィドラーズのもとで練習を励みプロの道を目指します。

この1951年にはオズボーン兄弟はどういう縁なのか、ビル・モンローのブルー・グラス・ボーイズを休暇中だったジミー・マーチンと一緒にレコーディングを行っています。この後、兄ボブは徴兵により朝鮮戦争に出兵しますが、弟ソニーはというと、ジミーの誘いによって憧れだったブルー・グラス・ボーイズのバンジョー奏者に大抜擢されます。ソニーが14歳の時でした。

1953年8月に兄ボブが除隊すると弟ソニーもブルー・グラス・ボーイズを辞め、いよいよオズボーン・ブラザーズがスタートします。最初の録音はゲートウェイ・レコードでしたが、同じ頃、ブルー・グラス・ボーイズを辞めたジミー・マーチンが合流し、「ジミー・マーチン・アンド・オズボーン・ブラザーズ」と名を改め、今度はビクターでレコーディングを行います。

55年8月にオズボーン兄弟とジミーは分裂し、続いてレッド・アレンがブラザーズに合流、56年3月にはこのトリオでゲイトウェイにて最後の録音を行います。同年、メジャーのレコード会社MGMとの契約に成功し、それからは続々とヒット曲を連発してブルーグラス界を上り詰めていきます。

手始めに彼らはトリオによるコーラスに力を入れ、「ワンス・モア」という曲でオリジナリティあふれたコーラス、サウンドを作り出します。それからの彼らのトレードマークとなるこのスタイルは、ボブによるテナー・リード・ボーカルというものでした。それまでのボブはビル・モンローに代表されるように、ヴァースの部分でリードを取っていてもコーラス・パートでは突如テナー・シンギングに声質をかえていました。ところがこの曲ではコーラスに入ってもリードを歌い続けたのです。それも1オクターブ高い声でした。これによってバリトンを受け持っていたソニーがハーモニーではミドル・パートを受け持ち、レッドが最も低いパートを歌うことになり、ボブのボーカルが以前にも増して脚光を浴びることとなったのです。

オズボーン・ブラザーズ初期の作品はなかなか手に入りにくいのですが、次に挙げるボックス・セットで全てを網羅できます。ここには初めてボブがテナー・リード・シンギングを試みた「ワンス・モア」をはじめ、数々のオリジナル・ヒットを聴くことができます。

1956-68 (BOX SET)(Bear Family)
ディスク: 1
1. Who Done It?
2. Ruby Are You Mad?
3. My Aching Heart
4. Teardrops In My Eyes
5. Wild Mountain Honey
6. Down In The Willow Garden
7. Ho, Honey, Ho
8. Della Mae
9. She's No Angel
10. (Is This) My Destiny
11. Once More
12. Two Lonely Hearts
13. Lost Highway
14. Love Pains
15. It Hurts To Know
16. If You Don't, Somebody Else Will
17. Give This Message To Your Heart
18. You'll Never Know (How Much It Hurts)
19. I Love You Only
20. It's Just The Idea
21. Lonely, Lonely Me
22. Sweethearts Again
23. Blame Me
24. There's A Woman Behind Every Man
25. Fair And Tender Ladies
26. Each Season Changes You
27. The Black Sheep Returned To The Fold
28. At The First Fall Of Snow
29. Old Hickory
30. Old Joe Clark
ほかDISC4枚全114曲
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-08-11 10:05 | ブルーグラスの歴史

15 ジミー・マーチンとサニー・マウンテン・ボーイズ

a0038167_17312770.jpgブルーグラスの世界では「ミスター・グッドゥン・カントリー」とか、「キング・オブ・ブルーグラス」と呼ばれて、強烈な個性で人気抜群なのがジミー・マーチンです。

強烈な個性の由縁は、ギンギラのコスチュームだったり、あまりにもオーバー過ぎるアクションだったり、泥臭いボーカルだったりと、その印象はネガティブに思えますが、どうしてなかなか、タイミングよく入るリード・ギター奏法、誰にも真似のできないフレーズ、ピッキング、そして各楽器の持ち味を最大限に生かすアレンジ、それらから醸し出されるブルーグラス・サウンドや歌唱法と表現力、これがジミー・マーチンの個性なのです。

1949年、マック・ワイズマンに代わってブルー・グラス・ボーイズに入団したジミーは、約5年間リード・シンガーとギターを務めビル・モンローのよき女房役として大活躍します。1954年にブルー・グラス・ボーイズを退団したジミーは、オズボーン兄弟と力を合わせてバンドを結成し、数曲の録音を残しますが、やがて彼らと発展的にバンドを解散し、1956年には念願叶っていよいよ本格的に自らのバンドを結成することとなります。

バンジョーには当時17歳のJ.D.クロウを起用し、マンドリンにポール・ウィリアムスを迎えて、「ジミー・マーチンとサニー・マウンテン・ボーイズ」をスタートさせたのです。ジミーはサイドメンには厳しく、「サニー・マウンテン・ボーイズ」の一員としての誇りを持たせ、「オレの曲だけでメシを食え」と、強烈なワンマンぶりを発揮しバンドを引っ張っていきました。

とくに歴代のバンジョー奏者には、リズム・アクセントを強調し、ドライヴが全てと思われるスリー・フィンガー・ロールを完璧にこなすアール・スクラッグス・スタイルを徹底させます。以来、J.D.クロウを皮切りに歴代のバンジョー奏者はこのスタイルを守っていくことが最優先となっています。

1960年代初期に、ジミーのバンドはモダン・ブルーグラス時代の到来に即応してスネア・ドラムスを使用し、ポップ・コーラスのニュアンスも表面化しますが、底辺に流れているものは常にオーバー・ドライヴであり、エキサイティングなスイング感であり、そしてソリッドであるというブルーグラス音楽の奔流から決して外れてはいませんでした。

こうしてジミーは、いわゆるファースト・ジェネレーションとして常に他をリードしながら、ブルーグラス音楽を保ち、発展させ、今日の隆盛の基礎を作っていったのです。

そんなジミーのレコーディングの中からベスト盤を紹介します。デッカ時代初期の最高傑作と言われる1曲目「ソフロニー」、ドライヴのかかったブルーグラス・デュオのサンプル・ナンバーとして大人気の2曲目「ヒット・パレード・オブ・ラブ」、土曜日のオープリーの進行が目に浮かぶような楽しい内容を歌にした3曲目「グランド・オール・オープリー・ソング」、7曲目の「ホールド・ワッチャ・ゴット」はジミー自身の作曲によるリズミカルなナンバーです。その他、このアルバムはヒット・ソングがふんだんに収録されているベスト盤です。きっとジミーの魅力を十分に楽しんでいただけることでしょう。

The King of Bluegrass (Audium )
1. Sophronie
2. Hit Parade of Love
3. Grand Ole Opry Song
4. Rock Hearts
5. Ocean of Diamonds
6. I Like to Hear 'Em Preach It
7. Hold Whatcha Got
8. Mr. Engineer
9. This World Is Not My Home
10. Tennessee
11. Widow Maker
12. 20/20 Vision
13. Sunny Side of the Mountain
14. Steal Away Somewhere and Die
15. Free Born Man
16. Losing You
17. (I've Got My) Future on Ice
18. Milwaukee Here I Come
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-08-08 17:32 | ブルーグラスの歴史

14 スタンレー・ブラザーズとサザン・マウンテン音楽

a0038167_10184892.jpgドン・リーノウがビルのもとを去った頃、ブルー・グラス・ボーイズに入団したのが、バージニア州南部クリンチ・マウンテン地域出身のカーター・スタンレーでした。彼は以前から弟ラルフとバンドを組んでいたのですが、ラルフが事故に遭い入院を余儀なくされたため、その期間だけの入団だったようです。

カーターとラルフのスタンレー兄弟は1946年にバンドを組み、当初は民族音楽の匂いが強いものを演奏していましたが、ビル・モンローがグランド・オール・オープリーでブルーグラス音楽を広めるに至って、彼らはこの音楽を自分たちのスタイルに取り込んでいきました。それまで古いバンジョー・スタイルで演奏していたラルフは、急遽スクラッグス・スタイルを習得します。

こうして新しく出てきたブルーグラス音楽を従来のマウンテン・スタイルでやってみようとする彼らの試みは、ラルフが回復した後にクリンチ・マウンテン・ボーイズを結成して実現されます。1950年代初頭に録音されたものに佳作が多く、その点ではビル・モンローやフラット&スクラッグスにも共通しているように思われます。

1960年以降のクリンチ・マウンテン・ボーイズは、マンドリンに代わって第2ギターを使うことが多くなりました。このバンドの特色はブル−グラス音楽以前のマウンテン・ミュージックとのつながりが他のバンドに比べて強いこと、それに関連して曲目には新しく作った曲よりも伝承曲(民謡)が多いことです。加えて兄弟2人の声の調和がとてもいいのが取柄で、物悲しく聴こえる歌声は他の追随を許さないものです。

1949年9月、彼らはコロンビア・レコードと契約しました。余談になりますが、このためコロンビアと契約していたビル・モンローはそれを嫌って11月にデッカ・レコードに移籍します。その理由は、「スタンレー・ブラザーズの音楽スタイルがビルのそれとあまりにも似ていた」ためでした。

話を戻しますと、コロンビアでは彼らの歌い方に微妙な変化が現れます。カーターのリード・シンギングの上にテナーとハイ・バリトンが乗っかるというトリオで、これ以降このスタイルはスタンレー・ブラザーズ独特のものとなります。

Complete Columbia Recordings (Columbia/Legacy)
1. Vision of Mother
2. White Dove
3. Gathering Flowers for the Master's Bouquet
4. Angels Are Singing (In Heaven Tonight)
5. It's Never Too Late to Start Over
6.Have You Someone (In Heaven Waiting)
7.Little Glass of Wine
8.Let Me Be Your Friend
9.We'll Be Sweethearts in Heaven
10.I Love No One But You
11.Too Late to Cry
12.Old Home
13.Drunkard's Hell
14.Fields Have Turned Brown
15.Hey! Hey! Hey!
16.Lonesome River
17.Man of Constant Sorrow
18.Pretty Polly
19.Life of Sorrow
20.Sweetest Love
21.Wandering Boy
22.Let's Part the Best of Friends
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-08-05 10:20 | ブルーグラスの歴史

13 ドン・リーノウとレッド・スマイリーの独自性

a0038167_10404258.jpgビル・モンローのブルー・グラス・ボーイズからレスター・フラットとアール・スクラッグスが退団した直後に加わったのが、南キャロライナ出身のバンジョー奏者ドン・リーノウです。わずか1年という短さではありましたが、彼はモンローの指導のもと、スクラッグス・スタイルを手本としてブルーグラス音楽を演奏してきました。

そしてビルのもとを去った後の1949年、ノース・キャロライナ出身のギター奏者でシンガーであるレッド・スマイリーとバンドを組みます。ここでのドンのバンジョーは、ブルーグラス音楽の定番であるスクラッグス・スタイルに加えて、ウェスタン・スウィングのギター奏法や、スティール・ギターの奏法から学び取ったと言われる彼独特のスタイルで演奏されるようになります。古いディキシーランド・ジャズ曲を演奏したり、和音を多く使うなど、またリズムにもそれが現れています。

レッド・スマイリーは、ブルーグラス音楽には珍しく非常に甘くて暖かな歌い方をします。ドン・リーノウのテナー・ボイスはかなり張りつめた感じのものですが、レッドの声と重なるといい感じに聴こえます。この2人のコーラスがバンドの特徴にもなっているのです。

また、このバンドは舞台上でメンバー全員が軽喜劇を演じて見せたり、カントリー&ウェスタン風の歌い方をする電気ギター奏者を加えている点でも他のブルーグラス・バンドとは趣きを異にしていました。

彼らはフラット&スクラッグスと同じように数多く残していますが、その中から初心者に親しみやすいベスト盤をお奨めしましょう。ほとんどの曲が彼らのオリジナルです。

20 Bluegrass Originals(Deluxe)
1. I Know You're Married But I Still Love You
2. Pretending
3. Banjo Signal
4. Trail Of Sorrow
5. Signed, Sealed And Delivered
6. Tally Ho
7. I Wouldn't Change You If I Could
8. Tennessee Cut Up Breakdown
9. Please Remember That I Love You
10. Banjo Special
11. Let's Live For Tonight
12. Money Marbles And Chalk
13. Bringing In The Georgia Mail
14. Emotions
15. Don't Let Your Sweet Love Die
16. Tenessee Stomp
17. Greenback Dollar
18. I'm The Talk Of The Town
19. Mountain Rosa Lee
20. Freight Train Boogie
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-08-04 10:41 | ブルーグラスの歴史

12 フォギー・マウンテン・ボーイズの変身と成功

レスターとアールの人気は1950年代の中頃までにはアメリカ東南部の隅々まで行き渡り、この地方すべてのラジオ局で取り上げられるほどになっていました。彼らの名声と人気はテネシー州の大きな製粉会社まで聞き及び、このマーサ・ホワイト社は彼らをナッシュビルに呼んで新しくラジオ番組をスタートさせ、カントリー歌手ならみんなが憧れる「グランド・オール・オープリー」の舞台に立たせたのです。こうして彼らが何よりも不安だった経済的な心配の一切をマーサ・ホワイト社が解消してくれたので、ますます演奏活動に没頭することができました。

1948年の結成以来、フォギー・マウンテン・ボーイズの看板となっていたハードなブルーグラス・サウンドは、マーサ・ホワイト社というスポンサーの出現で起きた経済的な余裕と相まって、50年代中頃にドブロ奏者バック・グレイヴスが参加したことによって徐々にソフィスティケイトされたサウンドへと変貌していきます。こうした緩く心地よいサウンドは、パワフルでもソウルフルでもなく、ハードでハイロンサムなブルーグラス・サウンドを求めるファンに一抹の淋しさを与えますが、結果的に彼らの変化は功を奏することになるのです。

それは南部のマーケットに「ロカビリー」がもたらされた時に具現化しました。ロカビリー音楽の流行は、伝統的性格を持つ音楽のすべてをアンダーグラウンドに追いやります。もちろんブルーグラス音楽も例外ではありませんでした。そんな中、マーサ・ホワイト社のバック・アップを得て経済的余裕のできたレスターとアールは、ソフィスティケイトされたカントリー音楽への接近を試み、そしてごく自然にカントリーの世界に溶け込んで人気を持続させたのでした。

彼らの成功は他のグループにも同じ道を歩ませることになりました。しかしそのほとんどは経済面での持続力を持たずに、ますます苦境に追い込まれていったのです。1955年から60年までのグルーグラス音楽はずっとモダンになったとはいえ、その主導権はレスターとアールによって握られ、さすがのビル・モンローやスタンレー・ブラザーズでさえ2人の後塵を拝するばかりでした。

ブルーグラス音楽にとって、この暗黒の時代は1950年代が終わろうとする頃になってやっと明るい兆しが見えてきます。キングストン・トリオの出現によってブルーグラス音楽は伝統的音楽のひとつのスタイルとして認識され、北部や西部の大学、さらにコーヒー・ハウスに生息地を見いだし始めます。

レスターとアールを筆頭に先見のあるバンドはフォーク・ミュージックのマーケットへ進出します。ここでも彼らはフォーク・グループとして比類のない成功を収め、ブルーグラス音楽のポピュラー化に計り知れない貢献を果たします。

さて、レスターとアールの全盛期を代表するアルバムを2枚紹介致します。まず1枚目は「フォギー・マウンテン・ジャンボリー」という、フォギー・マウンテン・ボーイズの数あるアルバムの中でもとくに素晴らしいと評されるスタジオ録音されたものです。何とも言えず心に滲みるレスターのボーカル、軽やかで躍動感のあるアールのバンジョー、そのほかフィドル、ドブロ、ベースのプレイのどれを取っても筆舌に尽くしがたいものを感じます。このアルバムにもブルーグラス音楽のスタンダードとなった曲が多数収められています。ブルーグラス初心者ならもちろんのこと、ディープなファンなら必ず手元においておきたい超名盤です。

FOGGY MOUNTAIN JAMBOREE (COUNTY)a0038167_9302135.jpg
1. Flint Hill Special
2. Some Old Day
3. Earl's Breakdown
4. Jimmie Brown, the Newsboy
5. Foggy Mountain Special
6. It Won't Be Long
7. Shuckin' the Corn
8. Blue Ridge Cabin Home
9. Randy Lynn Rag
10. Your Love Is Like a Flower
11. Foggy Mountain Chimes
12. Reunion in Heaven

2枚目はアールのバンジョーをフィーチャーした「フォギー・マウンテン・バンジョー」です。25分間というあまりに短い総収録時間にもかかわらず、この1961年の画期的作品は、今もって史上もっとも重要で影響力のあるアルバムと言われています。フォーク・ブーム真っ盛りに登場したこれら12のインスト曲に触発されて5弦のバンジョーを手に取り、アールの華麗なスリー・フィンガー奏法を真似ようとしたカレッジの若者は数知れないことでしょう。ポール・ウォーレンのフィドルとジョッシュ・グレイヴスのドブロは、ブルーグラス・バンジョーの礎を築いたアールとぴったり歩調を合わせています。フラット&スクラッグスのコレクションとしては、もっと決定的かつ総括的ものが他にありますが、本作はこれからも永遠の人気アルバムであり続けることでしょう。

FOGGY MOUNTAIN BANJO (COUNTY)a0038167_9284262.jpg
1. Ground Speed
2. Home Sweet Home
3. Sally Ann
4. Little Darlin' Pal of Mine
5. Reuben
6. Cripple Creek
7. Lonesome Road Blues
8. John Henry
9. Fireball Mail
10. Sally Goodin'
11. Bugle Call Rag
12. Cumberland Gap
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-08-03 09:30 | ブルーグラスの歴史