カテゴリ:カントリー・ガゼット( 7 )

241 カントリー・ガゼットの音楽歴 (その4)

a0038167_12265230.jpg続いてデイヴ・ファーガソンのソロ・アルバム「虹の彼方に(Somewhere Over The Rainbow)」がリリースされました。アラン・マンデ、ローランド・ホワイト、ロジャー・ブッシュがサポートし、アルバムには多くの伝統的な曲と、ポール・サイモンの曲やステファン・グラッペッリの「ホーボー・ブルース(Hobo Blues)」、ボブ・ウィルズの「色あせし恋(Faded Love)」などが含まれています。このアルバムのゲスト・プレイヤーはジョー・カー(Joe Carr、ギター、1978年からカントリー・ガゼットの正式メンバーとなります)、ダン・ハッカービー(Dan Huckabee、ドブロ)、スティーブン・ブルトン(Stephen Bruton、ギター)、グレッグ・ファーガソン(Greg Ferguson、ギター)が参加しています。

a0038167_12270896.jpgまた、ローランド・ホワイトは1976年にアラン、ロジャー、ケニー・ワーツ、デイヴ・ファーガソンの全員と「ロックン・ロールに生まれたわけじゃない(I Was’t Born To Rock’n Roll)」」をリリースします。このアルバムにはローランドとクラレンスによって書かれた曲「パウダー・クリーク(Powder Creek)」が収録されています。

1976年、カントリー・ガゼットは再びオランダを訪問し、アルバム「アウト・トゥ・ランチ」を宣伝しました。ロジャー・ブッシュはオランダでの滞在中、金曜日の夕方にウィム・ブルメンダール(Wim Bloemendaal)のVARAラジオ番組「ナッシュビル」でこのアルバムについて語っています。アルバムの新曲の一部とケンタッキー・カーネルズの歌とロジャー・ブッシュのセッション・ワークが演奏されました。

1976419日に彼らは、ジョン・ハートフォード、ディラーズ、ダグ・ディラード、リック・ネルソン&ザ・ストーン・キャニオン・バンド、オザーク・マウンテン・デアデビルズなどと共演しています。

また1976514日にはスウェーデンを訪れ、フォルスバッカというところでショーを行っています。

a0038167_12274505.jpg19765月に録音されたダン・ハッカビーのアルバム「なぜこの男は笑っているんだ?(Why Is This Man Smiling)」にはアラン、ローランド、デイヴ、ロジャーのガゼットのメンバーがサポートしています。アルバムにはバイロンやアラン・マンデの書いたガゼットの曲や、ジョー・カー、マール・トラヴィス、ボブ・ウィルスの曲などが収録されています。なお、このアルバムにはゲスト・ミュージシャンがほんの少ししかいなく、ガゼットのライブも含まれているため、実際のところカントリー・ガゼット名義でリリースしても良かったのではないかと思われます。

a0038167_12280636.jpgこれらのソロ・アルバムはすべて、スリム・リッチー(Mike "Slim" Riche)のリッジ・ランナー・レーベルでリリースされました。スリム・リッチーはノーマンというところに音楽店を持っているジャズ・ギタリストです。彼は質の高いブルーグラスを録音することを目標に、1975年にこのレーベルを設立しています。彼はまたカントリー・ガゼットのアルバムと、メンバーそれぞれのソロ・アルバムのいくつかを作っています。スリム自身も、メンバーのアランや、ジョー・カー、ダン・ハッカビーに加え、リッキー・スキャッグス、サム・ブッシュ、ビル・キース、リチャード・グリーンの協力でソロ・アルバム「ジャズ・グラス(Jazz Grass)」をリリースしています。

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by scoop8739 | 2017-12-14 12:29 | カントリー・ガゼット

240 カントリー・ガゼットの音楽歴 (その3)

このアルバムのリリース後、バンドは1973年後半にアルバム「ブルーグラス・スペシャル」をリリースしたヨーロッパのアリオラ(Ariola)と契約してレーベルを切り替えます。なぜならガゼットの人気はアメリカよりもヨーロッパの方が高かったからでした。

同じ頃、ケニー・ワーツがバンドを離れ、代わってバンドはトニー・ライスを雇う計画があったのでしたが、結局ローランド・ホワイトに白羽の矢が刺さります。

a0038167_10392960.jpgまた彼らは1973年の終わりからツアーで忙しく新しくレコーディングする時間が取れませんでしたので、リンダ・ロンシュタットとライヴを行った同じ場所、マッケイブス・ギターショップ(McCabe's Guitar Shop)で録音されたアルバム「Live」を197411月にリリースします。制作は前作と同じくジム・ディクソンで、トランスアトランティック(Transatlantic)レーベルからのリリースでした。ドブロでのゲスト・プレイヤーはスキップ・コノーヴァーです。

1975年になってバイロン・バーラインがバンドを離れサンダンスを結成します。バーラインが去った後、すぐにケニー・ワーツがフィドラーのデイヴ・ファーガソン(Dave Ferguson)と共にバンドに戻ってきました。

a0038167_10400472.jpgアラン・マンデは1975年の夏、自身のアルバム用にレコーディングしています。このアルバムは新たにスタートしたリッジ・ランナー(Ridge Runner)というレーベルから、「バンジョー・サンドイッチ(Banjo Sandwich)」というタイトルでリリースされました。このアルバムのミュージシャンはガゼットのメンバー、ローランド・ホワイト、デイヴ・ファーガソン、ロジャー・ブッシュと、ゲストにドク・ハミルトン(Doc Hamilton、ギター)が加わっています。このアルバムには、スニーキー・ピート(Sneaky Pete Kleinow。オリジナルのフライング・ブリトゥ・ブラザーズのメンバー)の「ビート・ザ・ハート(Beat The Heat)“という曲が収録されています。

1976年に彼らはジム・ディクソンの制作でフライング・フィッシュ(Flying Fish)・レーベルから、アル・パーキンス(Al Perkins)をペダル・スチールに迎え、3枚目のスタジオ・アルバム「昼食で外出中(Out To Lunch)」(通算4枚目)をレコーディングします(ファーガソンはゲスト・プレイヤーとして参加)。このアルバムはヨーロッパでは「Sunny Side Of The Mountain」というタイトルでリリースされています。

a0038167_10403628.jpgアルバムに収録されたのは、グラム・パーソンズの「スティル・フィーリング・ブルー(Still Feeling Blue)」、ウェイロン・ジェニングス(Waylon Jennings)の「Sure Didn't Take Him Long」、ミッキー・ニューベリーの「Why You Been Gone So Long」、トム・パクストンの「Last Thing On My Mind」(この2曲はクラレンス・ホワイトの未完成のソロ・アルバムのためにレコーディングされたものと同一曲です)ともちろん彼らが作曲した曲もありました。


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by scoop8739 | 2017-12-11 10:42 | カントリー・ガゼット

239 カントリー・ガゼットの音楽歴 (その2)

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1972年5月、カントリー・ガゼットはカリフォルニア州サンタモニカのマッケイブス・ギターショップにてリンダ・ロンシュタットとのショーを行っています。以前からリンダとの音楽活動の話がたくさんありましたが、なかなか一緒に演奏するチャンスがありませんでした。

このライヴではリンダがすべての曲を歌っています。メンバーはリンダ、バイロン、ロジャー、アラン、スキップ・コノーヴァー(ドブロ)、ボブ・キメル(リンダのバック・バンド「ストーン・ポニーズ」の元メンバー。コーラス)でした。この時の模様はYoutubeにアップされています。

またバイロン・バーラインとアラン・マンデは、197344日、ボブ・バクスター(Bob Baxter)の「ギター・ワークショップ」というTVショーでクラレンス・ホワイトと共演しています。演奏曲は「野生の花(Wildwood Flower)」「モッキング・バード(Listen To The Mocking Bird)」「クラウディド・ソング(The Crowded Song)」「私は巡礼者(I Am A Pilgrim)」「兵士の愉しみ(Soldier’s Joy)」「サリー・グッディン(Sally Gooin)」でした。この番組のビデオは1998年にシエラ・レコード(Sierra Records)から「Together Again For The Last Time」というタイトルでリリースされました(後に「Clarence WhiteGuitar Workshop」としてDVDにて再発行されています)。

19734月頃にバイロンの家でガゼットの自作のためのセッションが行われました。参加したのはバイロン、ロジャー、ハーブ・ペダーセン、ローランドとクラレンスのホワイト兄弟で、いろいろな曲がテープに録音されました。

1973628日、29日の両日にクラレンス・ホワイトが最初のソロ・アルバムを録音し始めます。クラレンスの兄のローランドは、ガゼットのメンバーであるバイロン・バーラインとロジャー・ブッシュと、初期のガゼット・メンバーであったハーブ・ペダーセンにサポートを依頼します。さらに追加のミュージシャンとしてリランド・スクラー(Leland Sklar)、エド・グリーン(Ed Green)、ライ・クーダー(Ry Cooder)を呼んでいます。この時レコーディングされたのは「Never Ending Love」、「Last Thing On My Mind」、「Alabama Jubilee」と「Why You Been Gone So Long」でした。制作はジム・ディクソンに依頼しています。

それから16日後の715日、クラレンスはカルフォルニア州パームデールでの仕事を終え、機材を詰め込んでいる時に、泥酔した運転手の車に撥ねられて29歳の若さで亡くなっています。

ガゼットの面々は19739月、10月に亘るヨーロッパ各地とイギリスのツアーの後に、彼らの2枚目のスタジオ・アルバム「日々の仕事はやめないで(Give Up Your Day Job)」をレコーディングします。制作は前作と同じくジム・ディクソンです。ゲストにはハーブ・ペダーセン、レランド・スクラー(Leland Sklar)、アル・パーキンス(Al Perkins)が参加しています。

a0038167_10351594.jpgこのアルバムで彼らは様々な音楽ジャンルの曲をレコーディングしています。スティーヴン・スティルズの「フォールン・イーグル(The Fallen Eagle)」、グラハム・ナッシュの「ティーチ・ユア・チルドレン(Teach Your Children)」、レスター・フラットとアール・スクラッグスの「ダウン・ザ・ロード(Down The Road)」、エルトン・ジョンの「ホンキー・キャット(Honky Cat)」、ドン・マクリーンの「ウィンターウッド(Winterwood)」、そしてハーブ・ペダーセンの作品などでした。

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by scoop8739 | 2017-12-07 09:23 | カントリー・ガゼット

238 カントリー・ガゼットの音楽歴 (その1)

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「カントリー・ガゼット」は1970年代に最も影響力のあったブルーグラス・バンドと言われ、しかもヨーロッパで最も人気のあったカントリー・バンドの1つでした。彼らはロサンゼルスに拠点を置き、ブルーグラスとカントリー・ロックをブレンドし、その過程で80年代に起こるニューグラス運動の種を蒔いてきたのです。

フィドルとマンドリンのバイロン・バーライン、ベースのロジャー・ブッシュ、バンジョーのビリー・レイ・レイザムは1971年にバンドを組みディラード&クラークと共演します。このトリオにはギタリストのハーブ・ペダーセン(Herb Pedersen)がゲスト・プレイヤーとして参加します。その後ビリーはすぐにアラン・マンデと交代し、この1971年には20世紀フォックス映画「ウェルカム・ホーム」(Welcome Home, Soldier Boy)のためにいくつかの曲を録音しています。

a0038167_10313608.jpg1972年になってバーラインとブッシュは、フライング・ブリトゥ・ブラザーズの最後となるライブ・アルバム「ザ・ラスト・オブ・ザ・レッド・ホット・ブリトゥズ」に参加します。

さらに2人はブリトゥのセッション直後に、ギターのケニー・ワーツを彼らのバンドに参加するよう説得し、ブリトゥズの解散後には彼を加えたバンドのデビュー・アルバム「Our Traitor in Our Midst(パーティーの裏切り者)」のレコーディングに取りかかります。

このアルバムはジム・ディクソン(※1)によって制作された最初のアルバムとして、1972年にユナイテッド・アーティストによってリリースされました。これにはハーブ・ペダーセン、スキップ・コノヴァー(Skip Conover)、クリス・スミス(Chris Smith)がゲスト・プレイヤーとして参加しています。

a0038167_10332012.jpgアルバムは伝統的なブルーグラスとカントリー・ソング(「ロスト・インディアン」やルーヴィン・ブラザーズの「アイ・ウイッシュ・ユー・ニュー(I Wish You Knew)」と、オリジナル曲で構成されています。アメリカン・コミック並みのカラフルなアルバムのパッケージが楽しい雰囲気を演出しています。

※1 ジム・ディクソンは、バーズ(The Byrds)のレコーディングの際にプロデューサーを務め、後にバーズのマネージャーとなっています。当時、自分がマネージメントして売り出そうとしていたジェット・セット(後のバーズ)にベーシストを必要としていたディクソンは、クリス・ヒルマンにベーシストとしての参加を要請します。ディクソンがどうしてマンドリン奏者のクリスを誘ったのか、そしてヒルマンがどうしてその申し出を受けたのか、理解に苦しむところですが、この人選がなければカントリー・ロックというものは誕生しなかったかも知れません。

その年の夏、ガゼットはより多くのロック指向のリスナーのためにディズニー・ランドで演奏活動を行います。さらにスティーブ・ミラー、クロスビー&ナッシュ、ドン・マクリーンのオープニング・アクトとしても演奏します。またその年の後半に彼らはアムステルダムでライブ・アルバム「ブルーグラス・スペシャル」を録音しリリースしています。


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by scoop8739 | 2017-12-04 12:37 | カントリー・ガゼット

57 カントリー・ガゼット考(その3)

さて、話を最初に戻すことにします。
どういういきさつだったのかは判りませんが、今から20年前の1985年5月に「リユニオン・バンド」として来日したガゼットは、1本のライヴ・ビデオを残してメンバーは再びそれぞれの道を歩み始めます。

a0038167_20462135.jpgそのビデオを観ると、さすがに往年のテクニックは衰えているものの、これぞガゼットという見事なまでのアンサンブルで最後までボクを飽きさせないまま約100分間のステージを進行させていきます。構成は3部になっていて、1stステージと2ndステージがそれぞれ12曲ずつの24曲に、アンコールとして4曲の合計28曲が収録されています。

COUNTRY GAZETTE: Live in Japan
(MAPS Video-004)
Produced by Takashi Fujii for MAPS Inc.
with Alan Munde, Roland White, Byron Berline & Roger Bush.
1st STAGE;
1. Durham's Reel
2. Never Ending Love
3. Lonesome Road
4. Sunny Side Of The Mountain
5. Snow Ball
6. Honky Cat
7. Forked Deer
8. Little Darlin' Pal Of Mine
9. Don't Let Your Deal Go Down
10. Hot Burrito Breakdown
11. To Prove My Love To You
12. Sally Goodin
2nd STAGE;
13. Huckleberry Hornpipe
14. Down The Road
15. I Wish You Knew
16. New River Train
17. Wheel Hoss
18. Medley : Keep On Pushin'/Tried So Hard/Swin Low, Sweet Chariot
19. Dusty Miller
20. Boil Them Cabbage Down
21. If You're Ever Gonna Love Me
22. Aggravation
23. Uncle Pen
24. Medley : Will You Be Lonesome Too/Roll In My Sweet Baby's Arms/Foggy Mountain Breakdown
ENCORE STAGE;
25. I Know What It Means To Be Lonesome
26. Dear Old Dixie
27. Hard Hearted
28. Orange Blossom Special

全28曲のすべてがガゼットのオリジナル曲とブルーグラス・スタンダード曲で構成されていて、取り立てて目新しいものがあるわけではないのですが、逆にそれが観る者に安心感を与え、懐かしさと気楽な気分で約100分間のステージに付き合えたのでしょう。ただボクにもっと英語を理解する力があれば、ロジャーのおしゃべりを楽しめたはずなのですが…。

ここでボクが感じたことを述べると、日本のファンはガゼットのオリジナルをアラン・マンデ、ローランド・ホワイト、ロジャー・ブッシュに加えて、バイロン・バーラインとしていることです。つまり中期から後期(1985年当時)の中心メンバーに、初期のリーダーだったバイロンを加えた4人がオリジナルだと認識していて、招聘元もこれを認めた上で彼らをチョイスして「リユニオン・バンド」を組んだのだろうと思います。

でもガゼットのオリジナルというと、何度も書きますが、ケニー・ワーツを除いては考えられません。そう、何度も何度も書かせていただきますが、ガゼットといえば、ウエスト・コースト特有のファンタスティックで抜けるようなヴォーカル、ハーモニーがトレード・マークであり、デビュー・アルバム「パーティの裏切り者」で受けた衝撃こそ、それまでのブルーグラス・グループにはなかった斬新な発想と表現方法だったのです。そのハーモニー作りの中心人物が他ならぬケニー・ワーツでした。

しかし放浪癖(と言われている?)のケニーにコンタクトを捕ることが困難だったのか、金銭だけでは招聘できなかったのか、そのいきさつは判りませんが、結果上記の4名が「リユニオン・バンド」として来日しました。ケニーが駄目ならばということでは「ハーブ・ペダーセン」という線も考えられたはずです。彼はアルバム・デビュー以前のガゼットのメンバーであり、声質も明るく爽やかでガゼットのリード・ヴォーカルには誰よりも相応しい存在ですし、彼らの1作目、2作目でも素晴らしいヴォーカルとハーモニーを聴かせてくれています。

それでもガゼットにローランド・ホワイトを加えたいという、かつての日本のブルーグラス・ファンは、ガゼットに「ケンタッキー・カーネルズ」の面影を求めていたとしか考えられないのですが、いかがなものでしょうか?
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2005-03-03 20:48 | カントリー・ガゼット

56 カントリー・ガゼット考(その2)

ところがガゼットは本来、楽器のテクニックもさることながら、バーズ、フライング・ブリトゥズ、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングに代表されるウエスト・コースト特有のファンタスティックで抜けるようなヴォーカル、ハーモニーがトレード・マークであり、そうしたハーモニー作りの中心人物が他ならぬケニー・ワーツだったのです。いかにケニーが重要な位置を占めていたかは、前述の「ガゼット・ライヴ」を一聴すれば明らかでしょう。

たしかにローランドの加入は、ケニーに不足していたブルーグラスらしいスピリッツと極上の演奏テクニックを提供し、バンドにずっしりとした手応えのあるブルーグラス・サウンドをもたらしました。また、ヴォーカル、ハーモニーもガゼット特有の雰囲気を損なうことなく気を使ってはいたものの、デビュー1作目、2作目で感じた新鮮な衝撃とはどこか様子が違っていました。

つまり、ローランドのヴォーカル自体、深みと誠実さを併せ持ち、人柄の良さを彷彿させ、ケニーを遥かに凌ぐミュージシャンであることに疑いの余地はないのですが、ローランドに終生ついてまわるであろういにしえの「ケンタッキー・カーネルズ」での個性は、ことウエスト・コーストのカントリー、フォーク・ロックへクロス・オーヴァーしたブルーグラス・バンド「カントリー・ガゼット」の個性とは明らかに「異質」だったのです。その結果、バンドは「ローランド・ホワイト&カントリー・ガゼット」という、「ケンタッキー・カーネルズ」風バンドへと変貌してしまったのでした。このことを強く感じていたバンド・リーダーのバイロン・バーラインは自らバンドを去ることとなります。

そうしたガゼットに1976年、突然ケニー・ワーツが帰ってきます。それまでどこで何をやっていたのかは明らかにされていませんが、ウエスト・コーストのガゼット・ファンにとっては、デビュー1作目、2作目で聴かれたオリジナル・ガゼットのハーモニーがまた聴けるというのを心待ちにしていたのだと思います。

a0038167_21164841.jpgケニーの復帰によって録音されたのが、フライング・フィッシュからリリースされた「アウト・トゥ・ランチ」(Out To Lunch)というアルバムです(2011年にCD化)。このアルバムではバイロン・バーラインに替わって彼そっくりにフィドルを弾くデイヴ・ファーガソンと、おなじみアル・パーキンスがゲストでドブロを弾いています。これによりガゼット本来の完璧なサウンドに、ケニーのヴォーカル、ハーモニーが戻って来て、さながら初期のガゼットを思わせる演奏を聴かせてくれます。ローランドもヴォーカルの負担が軽くなったのか、前作よりも気楽に歌っているようにも思えます。

COUNTRY GAZETTE: OUT TO LUNCH
(Flying Fish 027 & Transatlantic TRA 318)
Produced by Jim Dickson
with Alan Munde, Roland White, Roger Bush, Kenny Wertz & Dave Ferguson / guest;Al Perkins
Side A
1. Still Feeling Blue
2. Sure Didn't Take Him Long
3. Out To Lunch
4. Melody For Baby
5. Sing A Sad Song
6. Sunny Side Of The Mountain
Side B
1. Down Down Down
2. Why You Been Gone So Long
3. Forked Deer
4. Time Left To Wander
5. Last Thing On My Mind
6. Uncle Clooney Played The Banjo
7. Blue Light
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2005-03-02 21:18 | カントリー・ガゼット

55 カントリー・ガゼット考(その1)

カントリー・ガゼットに1985年のライヴ・ビデオというものがあります。このライヴはガゼットのリユニオン・バンドとして日本で行われたものだそうですが、1980年代になるとボクの中のブルーグラス熱が急激に萎んでいて、1970年代に経験したような興奮状態になかったせいか、あまりライヴを観に出かけていません。それで1985年にこんなメンバーで来日したことすら知りませんでした。

バンジョーにアラン・マンデ、ギターはローランド・ホワイト。1985年頃はガゼットもまだまだ健在で、マンドリンにジョー・カー(Joe Carr)、エレキ・ベースにビリー・ジョー・フォスター(Billy Joe Foster)らが在籍していたと思います。しかしこのリユニオン・バンドは、ベースにロジャー・ブッシュ、フィドルとマンドリンにバイロン・バーラインという初期ガゼットに近い構成ではありませんか。それでもボクとしては、デビュー当時のアルバム「パーティの裏切り者」(A Traitor In Our Midst)で受けた衝撃を思い起こすと、やはりここはローランド・ホワイトでなく、ケニー・ワーツで演ってもらいたかったというのが本音です。

ガゼットは1973年8月のケニー・ワーツの退団を機に、以前から交際の深かったローランド・ホワイトをメンバーに迎えます。彼の加入によってガゼットはそれまでよりトラディッショナルな曲を好んで取り上げるようになりました。コーラス・パターンも、ローランドのブルーグラスのツボを得たハーモニーを活かすことで、従来からのガゼットの雰囲気をも失わずに、よりハードなブルーグラス・バンドとして飛躍を図ったのです。もちろんローランドのギター・プレイヤーとしての腕前は、以前にビル・モンローの下で腕を磨いただけあってビートの強いリズム・ギターには定評がありましたが、次第に素晴らしいリード・ギターをも聴かせるようになったのです。

a0038167_20264679.jpgこうしたローランドのヴォーカルと楽器の両面でのテクニシャンぶりがバンドにメリットを与え、音楽的な可能性を押し上げました。そして翌年9月にカリフォリニアはサンタモニカにある「マッケイブス・ギター・ショップ」においてライヴ・レコーディングを行います。この模様は「ガゼット・ライヴ」(Live at McCaves)で聴くことができます(2011年にCD化)。

COUNTRY GAZETTE: Live
(Transatlantic TRA 291, Ariola 88 556 IT, Trio 3095 & Antilles 7014)
Produced by Jim Dickson
with Byron Berline, Alan Munde, Roger Bush & Roland White
guest Skip Conover
Side A
1. Black Mountain Rag
2. Roses For A Sunday Morning
3. Blue Blue Day
4. To Prove My Love To You
5. Lonesome Road
6. Will You Be Lonesome Too
7. Only Way Home
Side B
1. Sally Goodin
2. My Baby's Gone
3. Sunday Sunrise
4. Laughing Guitar
5. Never Ending Love
6. Holland Holiday
7. Down In The Blue Grass
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2005-03-01 20:29 | カントリー・ガゼット