カテゴリ:カントリー・ジェントルメン( 72 )

182 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (22)

スターディへの録音 (10)

a0038167_23514341.jpgカントリー・ジェントルメンにとってカーネギー・ホール・コンサートの成功は、スターディ社にとっては新たなビジネス・チャンスとなりました。スターディ社はジェントルメンが既にレコーディングしてあった6曲に,新たにスタジオ録音した8曲(新録6曲、再録2曲)を加えて1枚のアルバムをリリースします。題して「ブルーグラス・アット・カーネギー・ホール」。まさに他人のふんどしにも似た、何とも安直なタイトルではありませんか。しかしジェントルメンにとってはスターディでの初アルバムであり、それまでの総決算のようなベスト盤となったのでした。このレコーディングは1961年11月6日のことでした。

A面1曲目の「我が心は終りぬ」(I Know I've Lost You)はこの年3月の10度目のセッションでレコーディングされている曲です。ジョンのテナー・リードとドブロがいやが上にもブルーなムードを盛り上げます。

2曲目「ボクだけのこと」(Nobody's Business)は1959年5月、6度目のセッションでもレコーディングされていますが、その時はエディが加入する前で、バンジョーはピートが弾いています。今回のはエディのバンジョーで再レコーディングされました。

3曲目「水、静かなるところ」(Down Where The Still Waters Flow)は、チャーリーのリード・ボーカルによるカントリー色強い、天国を讃えたセイクレッド・ナンバーです。なおこの曲はピートの作となっています。

4曲目の「カントリー・コンサート」(Country Concert)は、正式なタイトルは「ジョン・ハーディ」です。チャーリーによると、エディがバンドに加入する際に持ってきたレパートリーと言われていますが、ビル・エマーソンが在籍していた頃のセッションでも録音されたことがある曲です。

5曲目「トムへの手紙」(Letter To Tom) は1960年1月の8度目のセッションでレコーディングされています。ドブロが効果的に使われているスローなナンバーです。

6曲目「二人の少年」(Two Little Boys)は、南北戦争が背景となったかなり古い曲です。ジェントルメンによってアップ・テンポに演奏されましたが、このレコーディング以来、チャーリーのフェイバリット・ソングとなりました。

7曲目の「この神の子等」(These Men Of Gold)は、先のカーネギー・ホール・コンサートでも歌われていますが、正式にスタジオ録音されたのはこの時が初めてでした。


【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

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by scoop8739 | 2006-03-16 23:53 | カントリー・ジェントルメン

181 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (21)

フォークウェイズへの録音 (8)

a0038167_18402466.jpg2001年にCDとして再発リリースされた「オン・ザ・ロード・アンド・モア」のボーナス・トラックに収録されたのは、「さぼりたや節」、「トムへの手紙」、「ジョン・ハーディ」、「フィールズ・ハヴ・ターンド・ブラウン」、「この神の子等」、「小さな雀」の6曲でした。

「さぼりたや節」(Ain't Gonna Work Tomorrow)は、「明日は私の結婚式」(Tomorrow's My Wedding Day)というタイトルでもお馴染みの曲で、1960年1月スターディでの8回目のセッションでレコーディングされ、同年5月に行われたフォークウェイズでのアルバム「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」でも再びレコーディングされているジェントルメンお得意のレパートリー曲です。

「トムへの手紙」も同じく1960年1月スターディでの8回目のセッションでレコーディングされた曲です。CD「オン・ザ・ロード・アンド・モア」では、1963年1月に行われたコーヒー・ハウス「セイクレッド・マッシュルーム」でのライヴでも歌われています。

「ジョン・ハーディ」はジェントルメン・ヴァージョンとしては「カントリー・コンサート」というタイトルでクレジットされていますが、最初にレコーディングされたのは1958年5月、スターディでの3回目のセッションでした。この曲が再びレコーディングされるのはこの翌々月の11月、スターディでの11回目のセッションでした。

「フィールズ・ハヴ・ターンド・ブラウン」は、1961年春に行われたフォークウェイズでのアルバム「フォーク・ソングス・アンド・ブルーグラス」のためにレコーディングされた曲です。ジェントルメンはこれ以降も数多くのライヴで歌い続け、メンバーがすっかり変わった後年まで歌い継がれた曲です。

「この神の子等」(These Men Of God)は,この時点でスタジオ録音はされてはいませんが、翌々月の11月、スターディでの11回目のセッションでレコーディングされ、その後も数多くのライヴで歌い続けられます。

「小さな雀」は、前年5月に行われたフォークウェイズでのアルバム「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」でレコーディングされた曲です。

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by scoop8739 | 2006-03-12 18:41 | カントリー・ジェントルメン

180 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (20)

フォークウェイズへの録音 (7)

カントリー・ジェントルメンは、持ち前のショウマン・シップとユニークかつ立体的な演奏スタイルでブルーグラス界のダーク・ホース的な存在となり、北東部地域の大学キャンパスにおける人気バンドとなっていったのでした。時代的に言うとモダン・フォークでの
キングストン・トリオやブラザーズ・フォアに匹敵するほどの存在だったようです。

さてそんなジェントルメンが一部のファンのみならず、多くの聴衆に知れ渡るようになるきっかけとなったのは、なんと言ってもカーネギー・ホールに出演したことではないでしょうか。

1961年9月16日、音楽誌シング・アウト主催のコンサートに出演した彼ら4人は、ギター、5弦バンジョー、マンドリン、ベースだけで音楽的な技術はもとより、エンターティナーとしての立場、義務を心憎いまでに披露し、聴衆を十二分に満足させたのでした。その模様はフォークウェイズのエンジニアによってしっかりと録音されていました。

ところがこのテープは長い間お蔵入りされていて、40年後の2001年になって初めて、以前LPで発売されていたライヴ・アルバム「オン・ザ・ロード」がCD化される際に陽の目を見ることとなったのでした。

a0038167_23301618.jpgアルバム「オン・ザ・ロード」のボーナス・トラックとして私たちの前に姿を現したのは僅か6曲でしたが、それらは彼らのエンターティナーぶりを余すことなく伝える内容のものでした。曲自体はそれ以前にスターディに録音されていたものとほぼ同じなのですが、コンサートの雰囲気を伝えるには十分すぎる素晴らしいものだと思います。

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by scoop8739 | 2006-03-10 23:31 | カントリー・ジェントルメン

179 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (19)

フォークウェイズへの録音 (6)

a0038167_20522166.jpgアルバム「フォーク・ソングス・アンド・ブルーグラス」のB面1曲目は、ブルーグラスの愛唱歌として有名な「ハンサム・モリー」です。この曲はもともとイギリスのトラディッショナル・ソングでした。しかし、あまりにもブルーグラス的な内容のために多くのミュージシャンのレパートリーとなっています。ジェントルメンはトリオ・コーラスで聴かせてくれます。

2曲目「ヴィクティム・トゥ・ザ・トゥーム」はジョンの作です。父親の死に対する哀惜の念を、チャーリーが独特のフィーリングで歌っています。この曲は1983年にレッド・アレンが、また2002年にはデヴィッド・グリスマンらが「オールド・イン・ザ・グレイ」というアルバムで取り上げています。

3曲目の「牢獄の壁に咲く愛」(Behind These Prison Walls Of Love)は,ブルー・スカイ・ボーイズがRCAレコード時代に録音した名曲です。これまたトリオ・コーラスで聴かせてくれます。

4曲目「赤いバラ」(Wear A Red Roses)は、愛の証を赤いバラと白いバラで表現する内容の、実に美しい歌詞を持つ曲で、これもジョンの作です。トムのタイトな4ビート・ベースに乗ってはつらつとしたブルーグラス・サウンドに仕上がっています。

5曲目の「アイム・カミング・バック」は、チャーリー・モンロウがRCAレコード時代に録音した名曲です。ケニー・ハドックのドブロでキック・オフするこの曲も彼らはトリオ・コーラスで聴かせてくれます。後年、D.グリスマンのアルバム「心の故郷」では、D.マッカリーとH.ペダーセンのデュエットで歌われています。

6曲目の「サウス・バウンド」もジョン作のインスト曲です。マンドリンに始まり、続いてバンジョーがソロをとるといった典型的なブルーグラスのブレイクダウンです。

7曲目「カム・オール・エ・テンダー・ハーテッド」は、サザン・マウンテン地方に伝わる民謡です。ジョンとピートがアレンジを加えてジェントルメンのレパートリーになりました。ジョンのボーカルが切なげに聴こえます。

8曲目は「祈りの時」(Standing In The Need Of Prayer)です。セイクレッド・ソングの約束に従って、チャーリーのリードの後にカルテット・コーラスで歌われます。この曲もピートがアレンジを加えています。

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by scoop8739 | 2006-03-09 20:54 | カントリー・ジェントルメン

178 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (18)

フォークウェイズへの録音 (5)

a0038167_2127546.jpgアルバム「フォーク・ソングス・アンド・ブルーグラス」は、前作のコンセプトを引き継ぎながらも、サウンド面での強化が施されたものでした。

A面1曲目は、スタンレー・ブラザーズの演奏でも有名な「45号列車」(Train 45)です。最初の頃はフィドル・ナンバーとして演奏されていましたが、モダン・フォークの父、ウッディ・ガスリーが「900マイル」と歌い、フォーク・ブルースでは「オールド・ルーベン」「ルーベンズ・トレイン」「ルーベン・ブルース」などのタイトルで歌われました。ジェントルメンの演奏するこの曲は、ジョン・ダフィーのドブロをフィーチャーしてモダンな仕上がりとなっています。

2曲目「リトル・ベッシー」はトラディッショナルなゴスペル・ソングです。人生の幸福の絶頂と不幸のどん底の二つの生活は、死というものによって初めて天国に召され、その二つの道はひとつにたどり着くという内容の曲ですが、ジェントルメンは独特の味のあるトリオ・コーラスで歌っています。ジョンの力強いテナーが曲自体をぐいぐいと引っ張っていっています。

3曲目の「ザ・フィールズ・ハブ・ターンド・ブラウン」もスタンレー・ブラザーズが取り上げて有名になったスタンダード・ナンバーです。ジェントルメンはこの曲もスタンレーを参考に演奏しています。チャーリーの渋いリード・ボーカルがとてもいいですね。

4曲目「ゼア・アット・レスト・トゥゲザー」は、ベイリス・ブラザースとともに第二期カントリー・ミュージック黄金期を支えた人気グループ、カラハン・ブラザースの作品をブルーグラス・アレンジしたものです。この曲もトリオ・コーラスで聴かせてくれます。

5曲目の「ストラッティング・オン・ザ・ストリングス」は、バンジョーのエディ・アドコックのオリジナルです。ブラック・マウンテン・ラグを思い起こすメロディーですが、ツイン・バンジョーで演奏されています。セカンド・バンジョーはピート・カイケンダルなのかな?

6曲目「貴女への追想」(Remembrance Of You)は、1960年4月に行われたスターディでの9回目のセッションでも録音されていますが、基本的には両方とも全く同じパターンで演奏されています。恋人の死の描写を優雅に表現方法した曲です。トリオ・コーラスの後にチャーリーのリードが続きます。

7曲目の「レッド・ロッキン・チェアー」は、このアルバムの録音直前のスターディでの10回目のセッション(1961年3月頃)で録音されたものとほとんど同じ演奏形式で録音されました。チャーリー・モンロウ、ハリー&ジェニー・ウエスト、ドッグ・ボックらが演奏しているようなサザン・マウンテン・フォーク・ソングの曲で、ジョンのお気に入りの曲です。ここではドライヴの効いたジェントルメンの演奏が聴かれます。

8曲目はカントリー系ミュージシャンの愛唱歌で、チャーリー・モンロウをはじめ、モーリス・ブラザーズ、カーター・ファミリーの演奏でもお馴染みの曲「永遠の絆」(Will The Circle Be Unbroken)です。ミズリー、アーカンソー州で活躍した聖歌隊ホーリー・ローラー・シンガーが歌ったのが一番古いとされています。ジェントルメンの演奏はジョンのリードで気持ちよく歌われています。

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by scoop8739 | 2006-02-28 21:28 | カントリー・ジェントルメン

177 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (17)

フォークウェイズへの録音 (4)

1961年はカントリー・ジェントルメンが飛躍する年となりました。5月にはオバリンにある大学で初めてのコンサートを行い、9月には音楽誌「シング・アウト」主催によるカーネギー・ホールでのコンサートに出演します。これらにより彼らは本拠地ワシントンD.C.のみならず、東海岸のフォーク界に影響を及ぼす存在へとなっていきます。

a0038167_1613345.jpgさて、フォークウェイズ社から発売された前作「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」が好評だったので、ジェントルメンはこの年に同レーベルでの第2弾アルバムを企画します。このアルバムは前作と違ってベースにトム・グレイが加わったため、彼の4ビート・ベースを強調して作られています。

これはスターディ盤でのレコードの音質の悪さを克服したもので、エンジニアのピート・カイケンダルはジョン・ダフィーの指示のままに、ベースの音がちゃんと聴こえるように原盤作りを進めます。その結果,独特のサウンドに仕上がりますが、それは特にトリオ・コーラスの部分に多く現れています。つまり、ベース以外のメンバーはリズム・ワークを気にせずに自分のボーカルに集中できるようになったのです。

こうして出来上がったアルバムは全16曲のうち器楽曲はたったの3曲で、ボーカル曲の13曲のうち8曲がトリオで歌われていて、さらにそのうちの4曲は最初から最後まで一貫してトリオで歌われています。こうしたアルバム制作の意図によって、ジェントルメンは若いバンドとしての力強さの多くを再現できたと思われます。

このサウンドは「プログレッシヴ・ブルーグラス」と呼ばれるようになりますが、1960年初頭においてはブルーグラス本来の形からの過激な離脱のように思えました。ところが、このサウンドは東海岸の大学生を中心とする多くの聴衆に支持され、大いなる成功を収めたのでした。

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by scoop8739 | 2006-02-26 16:14 | カントリー・ジェントルメン

176 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (16)

スターディへの録音 (9)

ベースのトム・グレイが正式にジェントルメンに加入したのは1960年10月でした。ただしレコーディングとして残っているは1961年3月からで、その月の19日にスターディでの10回目のセッションが行われています。この時、シングル盤のために用意した「レッド・ロッキング・チェア」、「我が心は終りぬ」(I Know I've Lost You)の2曲に加え、「ザッツ・ザ・ウェイ・ユー・フィール」が録音されています。

「レッド・ロッキング・チェア」は、1940年代にチャーリー・モンロウがRCAレコードに残した録音を基に、ジョン・ダフィが斬新なアレンジを加えています。妻に去られ、赤子をかかえて非嘆にくれる、「浪曲子守唄」の主人公のような男のことを歌ったこの曲は,軽やかなマンドリンでキック・オフし、ジョンのソロで歌われます。この曲は、これ以降ずっと彼らのレパートリーとしてライヴなどで歌われ続けます。

a0038167_19165276.jpgまた「我が心は終りぬ」は、ピート・カイケンダルの収蔵するコレクションの中の1曲で、古いカントリー・ソングでした。トリオ・コーラスに続いてソロ・パートをジョンが歌っています。なお、この曲と次の曲のセッションではケニー・ハドコックがドブロを弾いています。余談ですが、彼はこの年の10月に行われたカーネギー・ホールでのコンサートでも、ドブロでジェントルメンに参加しています。

「ザッツ・ザ・ウェイ・ユー・フィール」は、スタンレー・ブラザーズによって歌われていた曲です。トム・グレイのベースが快調にフォー・ビートのリズムを刻む中、これもまたソロ・パートをジョンが歌っています。この2曲はカップリングで1961年9月にスターディからリリースされました。

【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

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by scoop8739 | 2006-02-18 23:45 | カントリー・ジェントルメン

175 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (15)

フォークウェイズへの録音 (3)

a0038167_21313966.jpgB面1曲目「エレン・スミスの物語」(Ellen Smith)は、1893年8月にノース・キャロライナ州エアリー山で実際に発生した殺人事件を基にして作られた代表的なマーダー・ソングです。ジェントルメンは4月20日のスターディでの録音に続いて、ここでも再録音しています。ジョンのフェイバリット・ソングなのだそうで、ソロで気持ちよく歌っています。

2曲目の「黒いベール」(The Long Black Veil)は、もともとはオープリーのスター、レフティ・フリーゼルが歌って1959年に大ヒットした曲です。ジェントルメンが取り上げてからは、キングストン・トリオやジョーン・バエズなど多くのフォーク・シンガーによって歌われました。ブルーグラスではフラット&スクラッグスもレパートリーにしています。人妻と不倫関係を結んでいたためにアリバイの証言できずに死刑になった男と、その相手の女は他人事のように冷静に処刑を見守っていたという内容の曲です。ジェントルメンはトリオ・コーラスで歌っています。

3曲目「ホンキー・トンク・ラグ」(Honky Tonk Rag)は、タイトル通りのホンキー・トンクなインスト曲です。マンドリン、バンジョー、ギター、ベースの順にソロで演奏されます。このアルバムでのベースはジム・コックスです。

4曲目の「ジェシー・ジェイムズ」(Jesse James)は、西部開拓時代の無法者をテーマにしたバラッドです。この曲の主人公は日本で言うところの石川五右衛門や鼠小僧といったところでしょうか。チャーリーの軽やかなリード・シンギングが聴かれます。

5曲目「主よ、あなたの意のままに」(Have Thine Own Way)は、ワシントンD.C.でも格式の高い第5バプティスト教会の「The Modern Hymnal」から採譜したというヒム・ソングで、これもトリオ・コーラスで歌われています。

6曲目の「グッド・ウーマンズ・ラヴ」(A Good Woman's Love)は、カントリー系のソング・ライター、サイ・コウブンが1956年に発表した曲です。ビル・モンロウやハンク・ロックリンと言った大物シンガーもレパートリーに入れているほどの名曲です。コーラスをトリオで、サビはチャーリーがソロで歌います。間奏のマンドリンが哀愁を誘います。

7曲目「双頭の鷲の旗の下に」(The Double Eagle)は、1903年にジョセフ・フランツ・ワーグナーが発表した有名なマーチ・ソングです。ハンク・トンプソンのウェスタン・スィングでもお馴染みのこの曲は、チャーリーのギターをフィーチャーして演奏されます。イントロのドラムのような音は5.6弦をクロスして叩くように弾いています。

アルバム最後の曲「ダーリン・アラリー」(Darling Alalee)は、スターディでの1月のセッションでも録音しています。この曲は、南北戦争時代には「Ella Rhee」というタイトルでミンストレル・ショーのステージでよく歌われていました。チャーリー節がたっぷりと聴かれます。

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by scoop8739 | 2006-02-16 21:35 | カントリー・ジェントルメン

174 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (14)

フォークウェイズへの録音 (2)

a0038167_23285261.jpgアルバム「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」は、そのタイトルが示す通り、古いカントリー曲をモダンな感覚でアレンジしたものでした。

A面1曲の「さすらいの賭博師」(Roving Gambler)は、かつて「The Journey Man」や「The Roving Journey Man」というタイトルで歌われていたホーボー・バラッドでしたが,フォーク・リバイバルで取り上げられるようになって以来、フォークやブルーグラスの愛唱歌となっています。ジョン・ダフィーのリードで歌われます。

2曲目の「小さな雀」(The Little Sparrow)は、「Come All Your Fair Tender Ladies」というタイトルでよく知られている曲で、ピーター・ポール&マリーのレパートリーにもなっているお馴染みのものです。この曲は古いスコットランド民謡の「O.Waly Waly Gin Love Be Bonny」とも関連があるようです。この曲は最初はトリオ・コーラスで歌われ、サビでチャーリー・ウォーラーがリードをとります。

3曲目の「岸辺より遠くはなれて」(Drifting Too Far)は、ブルーグラスではすっかり定番となったセイクレッド・ソングです。J.T.リチャードソン尊師が題材を提供したと言われています。この曲はずっと通してトリオ・コーラスで歌われます。

4曲目「ウィーピング・ウィロー」(Weeping Willow)は、チャーリーがオリジナル・カーター・ファミリーの「Burry Me Beneath The Willow」をアレンジしたものです。私たちはこの曲で初めてエディのギャロッピング・スタイルのバンジョー奏法を耳にしました。ジョンのマンドリン・プレイも冴えています。

5曲目の「明日は私の結婚式」(Tomorrow's My Wedding Day)は、「Ain't Gonna Work Tomorrow」というタイトルがついているもので、これもオリジナル・カーター・ファミリーの作品です。ジェントルメンは5ヶ月前のスターディでの8回目のセッションでもこの曲をレコーディングしています。

6曲目の「チャーリー・ローソン家の悲劇」(The Story of Charlie Lawson)は、モーリス・ブラザースやスタンレー・ブラザースによって歌われている曲で、1929年12月25日のクリスマスの夜にノース・キャロライナ州ストークス・カウンティで起こった一家惨殺事件を題材にしたものです。この曲もずっと通してトリオ・コーラスで歌われます。

7曲目「七面鳥のこぶ」(Turkey Knob)は、バンジョーのエディ・アドコックの作品で、彼の故郷ヴァージニア州スコッツヴィルのある場所のことを題材にしています。この曲でもエディのギャロッピング・スタイルのバンジョーが聴かれます。またこの曲は、かつてナターシャー・セブンの城田じゅんじが得意としていたインスト曲で、エディの雰囲気がよく表れています。またマンドリンの坂庭省悟もジョン・ダフィーそっくりに演奏しています(城田じゅんじ/Soft Shoes)。

A面最後の曲「ポールとサイラス」(Paula & Silas)は、聖書の「使徒行伝」から題材を得た作品です。このようにブルーグラスやオールド・タイム・ミュージックには聖書からの引用が数多く見られます。イントロのギターと間奏のドブロはジョンが弾いています。

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by scoop8739 | 2006-02-14 23:31 | カントリー・ジェントルメン

173 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (13)

フォークウェイズへの録音 (1)

ジェントルメンは、チャーリー・ウォーラーの野太いボーカルとジョン・ダフィーの甲高く力強いテナー、そして太く響くエディ・アドコックによるトリオ・コーラスに磨きをかけ、今までにないブルーグラス・コーラスのスタイルを確立します。

また一方で、ジョンと彼の親しい友人ピート・カイケンダルの二人は、議会図書館などで見つけた古いカントリーのレコードから、人々に忘れられたようなヒルビリー・ソングを発掘し、ブルーグラスにアレンジして演奏する方法をとります。さらにスタンレー・ブラザーズの非公式の演奏やライブでの演奏をテープに録音し、これらをモダンにアレンジして彼らのレパートリーとしていました。

a0038167_21382564.jpgそんな中、ジョンはスターディ社にアルバムの制作を持ちかけます。しかしその頃のスターディ社はまだまだ余力がなく、よく売れるであろうと思われるオムニバス盤やスタンレー・ブラザーズ、カール・ストーリーなどのビッグ・ネームのアルバム制作にしか興味がありませんでした。そこで彼は、中学からの友人でありニュー・ロスト・シティ・ランブラーズとしてフォークウェイズ社に実績のあるマイク・シーガーの伝手を便って同社へ売り込み、これに成功します。こうして録音されたものが「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」というアルバム・タイトルでリリースされます。

このアルバムは、日本ではアメリカに遅れること4年後の1964年9月に発売されますが、その時に「モダン・ブルーグラスの華」というタイトルがつけられています。つまり、古いカントリー・ソングを当時としてはかなりモダンなサウンドにアレンジしたものだったのです。こうして前年から発売されていた一連のアルバムによって、当時の大学生(どうも関東に偏っていたようですが…)などに受け入れられ、我が国に空前のカントリー・ジェントルメン・ブームが沸き起こったのでした。

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by scoop8739 | 2006-02-13 21:39 | カントリー・ジェントルメン