カテゴリ:カントリー・ジェントルメン( 64 )

206 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (44)

トム・グレイの退団

お蔵入りとなったアルバム「ナッシュヴィルの監獄」の録音途中で、ベース奏者がトム・グレイからエド・フェリスへと代わります。

a0038167_08451514.jpgトム・グレイがカントリー・ジェントルメンに加入したのは196010月のことでした。レコーディングとして残っているは19613月からで、その月の19日にスターディでの10回目のセッションが行われています。この時、シングル盤のために用意した「レッド・ロッキング・チェア」(Red Rockin’ Chair)、「我が心は終りぬ」(I Know I've Lost You)2曲に加え、「イフ・ザッツ・ザ・ウェイ・ユー・フィール」(If That’s The Way You Feel)が録音されています。

そして翌年の4月、ジェントルメンとしては2枚目のアルバム「フォークソング&ブルーグラス」(Folksong & Bluegrass)(Folkways FA2410)で華麗なベース・プレイを披露することとなります。

トムは少年期からオールド・タイム・ミュージックに興味を持ち、レコードの収集を始めます。また12歳からはギターとマンドリンを弾き始め、ユニークなフラット・ピッキング・スタイルで演奏していたジョージ・シャフラーに影響を受けたと語っています。

シャフラーが1952年からベース奏者に転向するや、彼のウォーキング・スタイルのベースにのめり込むようになります。同時に、ジャズ界のベーシスト、キター・ベッツやギタリストのチャーリー・バードにも興味を覚えたそうです。

高校生となったトムは、通い始めたジェントルメンのライヴでメンバーと親しくなり、彼らのセッションに参加することになります。そして、当時のベース奏者だったジム・コックスが病気になった時には代演できるまでに成長します。

入学したジョージ・ワシントン大学ではブルーグラス・バンドの一員として演奏技術を磨きます。この時には既にウォーキング・ベースを修得していたようです。そして1960年の秋、いよいよジェントルメンの正式なメンバーになります。その時、彼はまだ19歳の学生でした。

以来4年間、ジェントルメンを(文字通り)底辺から支えてきたトムでしたが、「ブルーグラス・アンリミテッド」誌の編集者だったサリー・ゴヴァースとの結婚を機に、これからの生活を考えた時にミュージシャンとしての収入に不安を覚えます。

悩んだ末に、彼は月刊誌ナショナル ジオグラフィック」の発行元として有名な同協会に就職し、地図作りを仕事に選んだのでした。

ところで、トム・グレイが表舞台に復帰したのはそれから4年後のことでした。ビル・エマーソンとクリフ・ウォールドロンのバンド「ニュー・シェイズ・オブ・グラス」での新しいアルバム制作のために、ベース奏者として雇われたのです。

この時の縁があって、さらに3年後の「セルダム・シーン」への正式参加に繋がるのですが、それはまた別の話で…。

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by scoop8739 | 2017-08-08 08:45 | カントリー・ジェントルメン

205 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (43)


引き続き6曲目以降を聴きましょう。

a0038167_15140633.jpeg6曲目「冷たい風が吹く」(A Cold Wind A Blowin’)は、2曲目の「この世に住む場所もなくて」同様、ジョン・ダフィとアン・ヒル・ストリーターの合作です。ディランの「風に吹かれて」(Blowing In The Wind)を意識した内容で、曲調はブルーグラスなのですが、政治的ニュアンスのプロテスト・ソングと言った方がいいかもしれません。この曲の別テイクは、1966年にリリースされたアルバム「ブリンギング・メリー・ホーム」にも収録されています。なお資料では、この曲のベース奏者がエド・フェリスとなっています。私が調べたところでは、3曲目「エレクトリシティー」と、5曲目の「ブラウン・マウンテン・ライト」も、エド・フェリスのようですが、いかがでしょう?

7曲目「アンクル・ジョー」(Uncle Joe)は、エディが幼い頃育った家の近くに住む初老の黒人をモデルにして作り歌っています。この曲もまた1966年にリリースしたアルバム「ブリンギング・メリー・ホーム」に別テイクとして収録されていますが、どちらかと言うとこちらの方に軍配が上がりそうです。

8曲目「ブルー・ヨーデル No.3」(Blue Yodel #3)はカントリー・ヨーデルの第一人者ジミー・ロジャースが作って歌っていた曲で、別名「夕陽のヨーデル」と呼ばれていました。ビル・モンロゥに影響を受けたジョンのヴォーカルが冴えわたります。

9曲目「栄光への脱出のテーマ」(Theme From Exodus)は、元々ポール・ニューマン主演で1961年に制作された映画「栄光への脱出」の主題歌でした。グレゴリー・ペックやアンソニー・パーキンスが出演した映画「渚にて」の主題曲を手がけたアーネスト・ゴールドが作曲しています。ジョンとエディはこの曲を原曲の雰囲気を損なうことなく見事にブルーグラス・インストへとアレンジしています。この曲の別テイクは、1968年にリリースされたアルバム「ザ・トラベラー」に収録されています。

10曲目「お墓のそばに花を植えて」(Flowers By My Graves)は、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」(You Are My Sunshine)を歌って有名なカントリー歌手ジミー・デイヴィスの作です。ビル・モンロゥが得意としたセイクレッド・ソングを、ジョンとチャーリーとエディの3部コーラスで歌い上げています。

オリジナル盤としての録音は以上の10曲でしたが、1990年にCDとして初リリースされるようになった時に、さらにもう1曲録音されていたのが11曲目の「待っていたのかい?」(Are You Waiting Just For Me)でした。この曲はテキサスの吟遊詩人と謳われたカントリー歌手のアーネスト・タブの作曲です。原曲はのんびりとしたものですが、ジェントルメンは軽快なバンジョーのイントロと共にノリノリのアップ・テンポで演奏しています。

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by scoop8739 | 2017-08-03 15:14 | カントリー・ジェントルメン

204 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (42)


マーキュリーへの録音
(4)

名盤「フォーク・セッション・インサイド」を発表して以降、ジェントルメン人気は高まるばかりでした。各地のライヴ・ハウスやフェスティバルからの出演依頼が殺到し、しばらく活動はライヴ中心となります。

さて、前作の録音から9ヶ月後の1964年6月5日、彼らはマーキュリー社への次のアルバム制作のため、久々にウィンウッド・スタジオでレコーディングをします。この時レコーディングされた10曲は、マーキュリー社との契約のもつれからか、結局リリースされずにお蔵入りしたのでした。

それから26年後の1990年、ピート・ロバーツの経営するカパー・クリーク社から突然の様にリリースされることになりました。

考えてみますと、あの世界的に有名なロック・グループ、ビーチ・ボーイズが、超「幻のアルバム」と言われていた「スマイル」を37年もの後に、作者ブライアン・ウィルソン自らの手によって完成させリリースした時、世代を超えた多くのファンたちからは大歓迎されたものでした。

一方ジェントルメンのこのアルバムは、当時のファンにとってリリースを喜ぶのには「時すでに遅し」の感を否めることができません。

a0038167_16372947.jpegそれでは、当時録音された10曲と、1990年にリリースされた際にボーナス・トラックとして追加された1曲を合わせて聴いてみましょう。

1曲目のタイトル曲「ナッシュヴィルの監獄」(Ballad of Nashville Jail)ドン・マクハンの作です。フォーク・セッション・インサイド」でも書きましたが、彼は「漁師の花嫁」(Young Fisherwoman)の作曲者でもあります。ジム&ジェシーのグループでギターを弾いていたり、テイター・テイトと共にベイリー・ブラザースのバンドにも在籍していました。ミドル・テンポのこの曲はジョンとチャーリーの斉唱で歌われています。

2曲目「この世に住む場所もなくて」(This Worlds No Place To Live)は、アン・ヒル・ストリーター(後にピート・ロバーツと結婚)の作詞、ジョン・ダフィーの作曲です。チャーリー・ウォーラーは出来上がったこの曲を評して、「このアルバムの中の最高傑作だ」と言ったそうですが、曲調は「500マイル」にとてもよく似ています。それをジョンが哀愁たっぷりに歌います。この曲は別テイクですが、1965年1月最後の週にシラキュース大学で録音され、レベル社からリリースされたアルバム「ブリンギング・メリー・ホーム」にも収録されています。

3曲目「エレクトリシティ」(Electricity)はとても神懸かった曲です。こういった歌を「リリジャス・ナンバー」(Religious Number)と呼んでいますが、宗教的な生まれ変わりを信じるというような内容のようです。ヒルビリー系のカントリー歌手としてそこそこ名を売っていたジミー・マーフィーが自作自演していた曲でした。リード・ヴォーカルのチャーリーはこの頃とても声がよく伸び溌剌と歌っています。また、間奏では独特のギターを聴くことが出来ます。アルバム「イエスタデイ&トゥデイ」vol.1にも同じテイクが使われています。

4曲目「アズロ・キャンパーナ」(Azzurro Campana)は、英語名「ブルー・ベル」と呼ばれる曲で、この後もジェントルメンのナンバーとしてよく演奏されます。バンジョーのエディとマンドリンのジョンの共作です。前アルバム「心の痛手」に共通するエディのバンジョー・ワークや、ジョンのギターとマンドリンを持ち替えての演奏が聴きものです。

5曲目「ブラウン・マウンテン・ライト」(Brown Mountain Light)は、3曲目の「エレクトリシティ」と同じように「光」のことを歌っていますが、こちらの方は「お化けの灯火」といったものです。「マウンテン・デュー」(Mountain Dew)やエルヴィス・プレスリーの歌で有名になった「愛していると言ったっけ」(Have I Told You Lately That I Love You)でお馴染み、スコット・ワイズマン作となっていますが、元々はノース・キャロライナ地方に伝わる民謡だと思われます。チャーリーのよく通るリード・ヴォーカルに続いてジョンとエディとによる3部コーラスとなります。

3.4、5曲目はこれ以降、彼らの十八番曲として、アルバム「ロアノーク・ブルーグラス・フェスティバル」や「ゴーイン・バック・トゥ・ザ・ブルー・リッジ・マウンテン」(邦題「イン・コンサート」オリジナルとは曲順が違います)などのライヴ盤に残されています。

この続きは次回へ。

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by scoop8739 | 2017-08-01 08:38 | カントリー・ジェントルメン

202 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (41)


邦盤アルバム「ブルーグラス合戦」


カントリー・ジェントルメンのレコードとしては本邦4枚目(※注1)となるアルバムが、東京オリンピックが開催された196410月にキング・レコードより「ブルーグラス合戦」と題されて発売されています。

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このアルバムはいわゆる編集盤で、A面がカントリー・ジェントルメン、B面がジム・アンド・ジェシーという構成でした。つまりA面バンド対B面バンドの、まさにタイトル通り「ブルーグラス合戦」が繰り広げられたのです。

まずはA面から
1曲目「ヘイ・リトル・ガール」(Hey Little Girl)
2曲目「ローリング・ストーン」(Rolling Stone)
3曲目「かわいそうなエレン」(Poor Ellen Smith)
4曲目「さぼりたや節」(Ain’t Gonna Work Tomorrow)
5曲目「ハイ・ロンサム」(Hi Lonesome)
6曲目「ヘレン」(Helen)
7曲目「ディキシー・ルック・アウェイ」(Dixie Look Away)

ご覧の通り、スターディ初期の録音から(195760年頃)ピック・アップして収録されています。メンバーもジョン・ダフィとチャーリー・ウォーラー以外はまだ流動的です。

参考までにB面はジム・アンド・ジェシーの初期(1950年代)、スターディに残された名曲たちです。
1曲目「天国の港」(Destination In Glory)
2曲目「主と共に歩まん」(Let Me Walk With Thee)
3曲目「精霊よ下れ」(Let the Spirit Descend)
4曲目「わが信仰は君より強し」(You Can’t Love Jesus More Than Me)
5曲目「プレス・オン」(Press On)
6曲目「巡礼よ祭壇にひざまずけ」(Pilgrim, Kneel By the Altar)
7曲目「ボーダー・ライド」(Border Ride)

※注1 本邦3枚目のアルバムは1964年9月にワールドから発売された「モダン・ブルーグラスの華」でした。このアルバムは米フォークウェイズ社からリリースされた「Country Songs Old & New」(FA2409)と同じ内容です。なお、この盤は1968年3月に邦題を「ジェシー・ジェイムス」と変えて再発されています。

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by scoop8739 | 2017-07-26 17:03 | カントリー・ジェントルメン

201 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (40)


ブートレグのライヴ・テープ

ブートレグ (Bootleg)というのは、ブート盤とか、海賊盤などと言われるように、一般的には「法律上の権利を無視して諸権利を有しない者により権利者に無断で発売または流通される非合法商品である」と定義されています。

ビートルズやボブ・ディラン、ローリング・ストーンズなどのメジャーなアーティストなら高額で取引されるものですが、カントリー・ジェントルメンなどブルーグラス・アーティストの場合は一般的にあまりにも有名ではないため、それほど高額な取引はありません。

a0038167_16104699.jpgしかし、このブログを書き始めた頃(2005年)には、結構「闇社会(?)」で彼らのライヴ・テープが取引されていました。私レベルのファンにとっては、「喉から手が出る」を通り越して、「腹の底からわしづかみしたい」くらいなものなので、当然、情報をいただくと即購入ということになります。

やっと手にして聴いてみても、当然のことながら音質は悪いし、ライヴそのものもそれほどでもないし、中には曲の途中でブチ切れてしまうものもあったり、さんざんな内容でした。

でもそれはそれ、他人が持ってないものを持つ喜びは何よりも代え難いものでした。

ところが近年、ネット社会が当たり前となり、そこいら中に(例えばYを頭文字にするものなんかですが)もっとましな音源がアップされるようになりました。しかも、ビートルズなどと違って、「アップ即削除」ということもなく、いつでも聴き放題、ダウンロードし放題です。永年のファンにとってそれは喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか、今やどうでもいいようになりました。

ま、そういうことなので、皆様もご興味あるならば、「Yを頭文字にする」音源で、1962〜63年の彼らが最も輝いていた頃のライヴをご堪能下さい。

とくに彼らがフランチャイズとしていた「シャムロック」での1963年8月6日(ビル・クリフトンとのセッションの日です。このライヴにはビル自身も出演しています)と、11月26日(「フォーク・セッション・インサイド」を録音して間もない頃)のライヴが秀逸ですヨ。

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by scoop8739 | 2017-07-24 16:12 | カントリー・ジェントルメン

200 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (39)

マーキュリーへの録音 (3)

続いて「フォーク・セッション・インサイド」のB面を聴くことにしましょう。米国オリジナル盤は日本盤とは少し曲順が異なっています。

a0038167_16261433.jpgB面1曲目「ガルヴェストンの洪水」(The Galveston Flood)の舞台は、グレン・キャンベルの歌でも有名なテネシー州ガルヴェストンです。この曲は1900年に実際に起こった暴風雨と大洪水の悲劇を基に歌われています。ご存知の方もおられるかと思いますが、米国ハリウッドにあるユニバーサル・スタジオでのスタジオ・ツアーズでも再現されているこの洪水で、列車に乗っていた数多くの家畜や人命が失われました。ジェントルメンは、亡くなった多くの者たちへの冥福を祈るかのようにトーキング・スタイルで歌っています。コーラス部ではリードをエディ、テナーがジョン、バリトンをトム、そしてベースをチャーリーの4部コーラスで歌われています。なお、この録音はアルバム「イエスタデイ&トゥディ」vol.3にも収録されています。

2曲目「漁師の花嫁」(Young Fisherwoman)は、米国版「岸壁の母」(?)のような作品で、その昔、ジム&ジェシーのグループでギターを弾いていたドン・マクハンという人の作です。早朝に漁のため元気に出港した夫が、夕方には帰ってこなかった。帰らぬ舟を待ちながら海辺に佇む漁師の若妻の姿を、ジョンが切々と歌い上げています。間奏のバンジョーはアルペジオ奏法で演奏されます。

3曲目の「悲しき9時の鐘」(This Morning At Nine)は悲しい失恋の歌です。歌の内容は「今朝9時にかつての恋人が新郎と共に教会の鐘を鳴らした」というもので、60年代の一時期、ドン・リーノウ&テネシー・カッタップスのギタリストとして、また歌手としても活躍していたシド・キャンベルの作です。この曲もA面4曲目同様、エディ・アドコックとピート・ロバーツによるツイン・バンジョーを聴くことが出来ます。

4曲目「浮き世の旅に疲れて」(I Am Weary)は、フォーク・ソング的ニュアンスを横溢させたピート・ロバーツの作品です。いかにもジェントルメンらしく伝統的なフォーク・ソングに対する洞察力の深さ、鋭さで聴かせる曲です。イントロと間奏ではバンジョーとマンドリンが同じメロディーを奏でます。ジョンとチャーリーとの斉唱の後、チャーリーのリードにハミング・コーラスが被さります。

A面1曲目同様、軽快なバンジョーのイントロで始まるB面5曲目「ダイナおばさんのパーティー」(Aunt Dinah's Quilting Party)は、アメリカのホーム・ソングの代表曲で、ジョンとエディのアレンジが効いています。「キルティング・パーティー」というのは、「アメリカ南部の諸州でよく見られるアメリカの婦人社交界=羊毛・羽毛などを入れた刺し子の掛け布団作りのお手伝い会」を意味しています。アメリカのご婦人方は、自分たちの余暇の時間を、比較的実用的に過ごしたようです。さらに珍しくエディのボーカルを聴くことができます。また、チャーリー・ウォーラーによる独特なギターのベース・ランニングは、当時この曲を聴いた数多くのギター奏者を虜にしたようです。この録音もまたアルバム「イエスタデイ&トゥディ」vol.2に収録されています。

最後になりましたが、このアルバムで「ナイト・ウォーク」と双璧をなすインスト曲「心の痛手」(Heartaches)は、このアルバム一番の聴きものでしょう。有名なスタンダード・ソングに果敢に挑戦し、見事なまでのアレンジですっかり彼らのレパートリーに昇華させています。トムのベース・ソロがまたこの曲に大きな貢献をしています。

アルバムを通して聴くことで、全曲に亘るトム・グレイのソリッドな4ビート・ベースが彼らのモダン・ブルーグラス・サウンドの大きなファクターとなっていることに気づかれることでしょう。


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by scoop8739 | 2017-07-21 16:56 | カントリー・ジェントルメン

199 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (38)


マーキュリーへの録音 (2)

それでは名盤「フォーク・セッション・インサイド」のA面から聴いていきましょう。

a0038167_16261433.jpg軽快なバンジョーのイントロから始まる1曲目「青い鳥が呼んでいる」(Bluebirds Are Singing For Me)は、オリジナルが南部山岳地帯のトラディッショナル曲です。この曲はマック・ワイズマンが得意としていた曲でした。しかし当時、マックはまだレコーディングしておらず、それをジョン・ダフィーとピート・ロバーツがブルーグラス風にアレンジし録音しました。チャーリー・ウォーラーの声が溌剌としています。

ギターの重いイントロから始まる2曲目「悲しく、せつない日」(Sad And Lonesome Day)は、南部山岳地帯で創造的発掘とレコーディング活動を続けていたカーター・ファミリーが大恐慌時代に創った作品でした。かつてオズボーン・ブラザーズが「Sad And Lonesome Day Blues」というタイトルで歌っていました。ジョンとチャーリーの斉唱で歌われます。

3曲目の「酒場の女」(The Girl Behind The Bar)は、スタンレー・ブラザーズの1947年の作品です。スタンレー・ブラザーズがクリンチ・マウンテン・ボーイズを結成して間もなく、リッチ・R・トーン社にレコードを残しています。ジョン・ダフィーとピート・ロバーツはスタンレーのファンであったため、機会あれば録音したいと思っていたそうです。この曲もまたジョンとチャーリーの斉唱で歌われています。

4曲目の「聞こえないのかい」(Can’t You Hear Me Calling)は、大御所ビル・モンロゥがコロンビア社の黄金時代にレコーディングした曲です。この曲にジェントルメンは大胆なアレンジを施し、チャーリー・ウォーラーによるボーカルがリスナーを圧倒します。また、エディ・アドコックとピート・ロバーツによるツイン・バンジョーも聴きごたえがあります。ちなみにビル・モンロゥ盤のデュエット相手はマック・ワイズマンでした。ジョンとチャーリーとエディによる三部コーラスが聴きものです。

5曲目は「学校の火事」(The Scool House Fire)です。ディクソン・ブラザーズのドーシー・ディクソンが書いた曲で、田舎の小学校の学芸会に起きた火事のことを歌っています。あまりに突然の出来事に逃げ場を失ない、炎に包まれて死んでいったいたいけない子供への哀惜を、ジョンが感情込めて歌っています。

ベースのイントロから始まるA面最後の曲「ナイト・ウォーク」(Night Walk)を作曲したのはメンバーのバンジョー奏者エディ・アドコックです。彼の演奏スタイルは、従来のブルーグラス・スリーフィンガーから大きく逸脱しています。マール・トラヴィスやチェット・アトキンスのギャロッピングをスリー・フィンガー・バンジョーに取り入れたとも思われるユニークなもので、ドン・レノのスタイルをさらに発展させたものでした。ジョンのマンドリンもさることながら、トム・グレイの堅実なベースが加わることによって、ジェントルメンの目指すモダン・ブルーグラスがより完成に近づいたのでした。なお、トライアングルを叩いているように聞こえる音は、レコーディングに立ち会ったフリーランド氏の提案で、ピート・ロバーツがスタジオ内にあった10オンス入りのペプシ・コーラの瓶を釘で叩いて鳴らしたものです。

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by scoop8739 | 2017-07-20 08:51 | カントリー・ジェントルメン

198 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (37)


マーキュリーへの録音 (1)


ビル・クリフトンとの後半のセッションを終えての翌日、ジェントルメンは歴史的な録音に着手します。記録では9月5日と6日の両日にヴァージニア州フォールス・チャーチにあるピート・(カイケンダル)・ロバーツが持つウィンウッド・スタジオにおいて12曲を録音したとされています。

この時立ち会ったレベル・レコード社々長チャールズ・R・フリーランド氏は、以前からカントリー・ジェントルメンの音楽的志向に大変な関心と興味と情熱を抱いていました。

それは、彼らが前衛的な歩みを試みる面と、同時に非常にシンプルで判りやすい昔ながらの曲との、つまり新旧の最も良いところが結合したサウンドを創り出しているという点でした。

一方でフリーランド氏は日頃より、スターディ社がメジャーなレーベルであったマーキュリー社と業務提携し成長している様子を窺っており、シングル盤を発売するだけのレーベルからの脱却を図ります。そこで彼はジェントルメンをプロモートし、マーキュリー社に、この最も新しく録音された12曲の音源をもって業務提携を持ちかけます。

もちろんジェントルメンの方も、マーキュリーの持つ広範囲に亘る流通網に頼ることによって、彼らのパフォーマンスを広く知らしめたいという狙いがありました。

ところが、フリーランド氏の狙いは単に目下人気沸騰中のジェントルメンの売り出しだけでは終わらなかったのです。彼らを手始めにして、レベル社を単なるカントリー系からブルーグラス系レーベルへの切り替えを図ります。その後次々と、ラルフ・スタンレー、ダン・リノ、レッド・スマイリー、ビル・ハーレルらを自社のレコーディング・アーティストとしていき、押しも押されぬレーベルへと築いていったのです。

閑話休題。カントリー・ジェントルメンがマーキュリー・レコードに残したアルバムを紹介しましょう。

a0038167_16261433.jpg1963年11月に発売されたこのアルバムは「フォーク・セッション・インサイド」(Folk Session Inside)と題され、翌年4月には本邦での彼らの第2弾として日本フォノグラム(キング・レコード)より発売されました。

邦題「フォーク・ブルーグラス」と題されたこのアルバムは、初めて紹介されるや大評判となり、当時の学生バンドのほとんどがアルバムの中の曲をレパートリーに加えていたと言われています。

このアルバムではダイナミックかつエキサイティングな、一番油の乗り切っていた頃のジェントルメンの演奏が堪能できることでしょう。もちろん、今日でもジェントルメンを代表する名盤と言われています。


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by scoop8739 | 2017-07-19 16:49 | カントリー・ジェントルメン

197 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (36)


レベルへの録音 (8)

ビル・クリフトンとの二ヶ月に亘るレコーディング・セッションの間に、ジェントルメンは8月17日からマサチューセッツ州マーサズ・ヴァインヤードにあるライヴハウス「ムーンカッサー・コーヒー・ハウス」にてライヴを行います。この時に録音されたものが後にレベル社から発売される「イエスタデー・アンド・トゥデイ」(以降「Y&T」と表記)の3部作にそれぞれ残されています。

8月17日
トム・ドゥーリー (Tom Dooley)a0038167_11313235.jpeg
哀しみの男 (Man of Constant Sorrow)

8月18日
乙女の挽歌 (I Never Will Mary)
プレティー・ポリー (Pretty Polly)

8月21日コロンバス砦のブルース (Columbus Stockade Blues)
我が祖国 (This Land Is Your Land)
M. T. A. (M.T.A.)
神の子等 (These Men Of Gold)

順に曲を紹介しましょう。
「トム・ドゥーリー」は言わずと知れたキングストン・トリオが1958年に発表し大ヒットとなった曲で、ジョン・ダフィーがコミカルにキングストン・トリオのジョン・スチュワートを茶化しています。一方、スチュワートはダフィーを評して「バカ高い声を張り上げてりゃイイってもんじゃないヨ」と、言ったとか言わなかったとか? 「Y&T」vol.1に収録。

「哀しみの男」は、カーター・スタンレーの名唱で知られる伝統的なフォーク・ソングです。ダフィーのリード・ボーカルが素晴らしいです。「Y&T」vol.2に収録。

「乙女の挽歌」は、以前「Bluegrass at Carnegie Hall」でも取り上げていますが、カーター・ファミリーがレパートリーとしていた曲です。ナターシャー・セブン時代の高石ともやも取り上げていました。「Y&T」vol.1に収録。

「プレティー・ポリー」を歌うダフィーには独特の世界観があるようで、従来曲が持つトラディッショナルな雰囲気から逸脱し、自らの個性を楽しんでいるように思えます。「Y&T」vol.3に収録。

「コロンバス砦のブルース」は、間奏からセカンド・コーラスに入るところで転調するあたり、ジェントルメン独自のアレンジが利いている曲です。トム・グレイのベースに注目してください。「Y&T」vol.2に収録。

「我が祖国」は言うまでもなく、ウディ・ガスリーが自作自演したフーテナニーのテーマ曲のような曲です。ダフィーはこの曲がとてもお気に入りのようで、これ以降も何度もレコーディングしています。「Y&T」vol.2に収録。

次の「M. T. A.」もキングストン・トリオの1958年のヒット曲で、ボストンの地下鉄網に閉じ込められたチャーリーという人の不合理な物語を歌っています。日本盤「Y&T」vol.2のみ収録。

最後の曲「神の子等」もまた、「Bluegrass at Carnegie Hall」にも収録されていた曲です。この曲のようなセイクレッド・ソングの場合、彼らは自在なアレンジを行わず、堅実な演奏に徹しています。「Y&T」vol.3に収録。

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by scoop8739 | 2017-07-17 12:12 | カントリー・ジェントルメン

196 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (35)

スターディへの録音 (13)

1963年7月、日本で初めてカントリー・ジェントルメンのLPが発売されました。これはスターディ社でのベスト盤「ブルーグラス・アット・カーネギー・ホール」と同じ内容で、日本向けにタイトルを「ベスト・オブ・カントリー・ジェントルメン」と改めた初期ジェントルメンの全貌をしっかりと伝える内容のアルバムでした。

a0038167_12143847.jpgところで、この年のジェントルメンは超多忙を極めます。彼らはその人気に伴って多くのライヴとレコーディングを抱えることとなります。その中のひとつに、スターディ社所属のアーティスト、ビル・クリフトンのレコーディング・セッションで彼のバック・バンドを勤めます。

このレコーディングは「ビル・クリフトン・ミーツ・ザ・カントリー・ジェントルメン」(Starday)のタイトルで本邦でもリリースされています。また1975年に、このアルバムは西ドイツのベア・ファミリーより3枚組アルバム「ゴーイング・バック・トゥ・ディキシー」としてリリースされ、さらに2001年6月には「Around The World To Poor Valley」(Bear Family 16425 HK)という8枚組CDボックスの一部に完全収録されています。ここでは彼らがバックを勤めた全作品をタイトルだけでもご紹介しましょう。

8月5、6、7日の3日間でレコーディングされた曲は全16曲でした。
ゴーイング・バック・トゥ・ディキシー (Going Back To Dixie)
母の祈り(Your Mother Still PraysFor You, Jack)
どぶろく造り (Moonshiner)
ジャスト・ア・スマイル (Just A Smile)
ロンリー・リトル・キャビン (Lonely Little Cabin)
鉱夫の子の夢 (Dream Of The Miner's Child)
グランドホッグ・ハント (Groundhog Hunt)
エンジン23 (Engine Twenty-Three)
ジム・ハットフィールドの息子 (Jim Hatfield's Son)
土曜の夜 (Saturday Night)
ロンサム・フォー・ユー (Lonesome For You)
怠け者の求婚 (Lazy Courtship)
輝ける河を越えて (Across the Shining River)
ロール・ザ・コットン・ダウン (Roll The Cotton Down)
テイク・ミー・バック (Take Me Back)
ロンサム・フィールド (Lonesome Field)

続いて9月3、4日の2日でレコーディングされた曲は全15曲でした。
緑の谷間 (The Little Green Valley)
人生の重荷をおろす時 (When I Lay Burdens Down)
岸辺で (At My Window)
レイ・ダウン・マイ・オールド・ギター (Gonna lay Down My Old Guitar)
柳のそよぐ所 (Where The Willow Gently Sways)
君といれば (When I'm With You)
孤独の夜 (My Nights Are Lonely)
窓辺の灯 (Lamp In The Window)
ルイーズ・コリンズ (Louis Collins)
アイル・ビー・サティスファイド (I'll Be Satisfied)
オールド・ルーベン (Old Ruben)
マイ・シンディー・ガール (My Cindy Girl)
ディキシー・ランブル (Dixie Ramble)
ビッグ・ビル (Big Bill)
ブリンギング・マリー・ホーム (Bringing Mary Home)

【資料参考: Bear Family“Bill Clifton / Going Back To Dixie”(Bear Family 15000-2)】

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by scoop8739 | 2006-04-16 12:15 | カントリー・ジェントルメン