カテゴリ:カントリー・ジェントルメン( 34 )

184 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (24)

フォークウェイズ・デイズ (9)

a0038167_011397.jpg1963年6月にリリースされたLP「オン・ザ・ロード」は、カントリー・ジェントルメンの真骨頂と言うべきライヴ・コンサートの模様を伝えたものでした。このアルバムのA面は1962年4月13日、オハイオ州イエロー・スプリングにあるアンティオク大学でのライヴです。この場所では過去にオズボーン・ブラザーズが、ブルーグラス・バンドとして初めてのライヴを行っています。

1曲目「ハンサム・モリー」(handsome Molly)は、イギリスの伝統的なフォーク・ソングをアレンジしたもので、フォークウェイズでの2枚目のアルバム「シング&プレイ・フォークソングズ・アンド・ブルーグラス」に収録されています。

2曲目の「サニー・サイド・オブ・ライフ」(Sunny Side Of life) は、ビルとアールのボリック兄弟のグループ、ブルー・スカイ・ボーイズのオリジナル曲です。ブルーグラス特有の楽天的な内容の歌で、ジェントルメンはこのライヴで初めて発表した後、1971年にリリースしたアルバム「One Wide River To Cross」でもレコーディングしています。

3曲目「エレン・スミスの物語」(Poor Ellen Smith)は、実際に起こった殺人をテーマにしたもので、サザン・マウンテン・フォークの名曲です。主人公は恋人であるエレン・スミスを射殺した罪で投獄され、彼女への懺悔の気持ちで歌っているものです。ジェントルメンはスターディ社とフォークウェイズ社の双方でスタジオ録音しています。

4曲目の「黒いヴェール」(Long Black Veil)は、レフティ・フリーゼルが1951年に歌って大ヒットさせた曲です。不倫関係と殺人事件を絡ませた内容の曲で、人間関係の弱点を効果的に用いた社会性あるストーリーを持った歌です。ジェントルメンはフォークウェイズでの初のアルバム「カントリー・ソングズ、オールド・アンド・ニュー」で初めてレコーディングしていますが、ライヴでも必ずと言っていいほど演奏している曲です。

5曲目「おじいさんの古時計」(Grandfather's Clock)もサザン・マウンテン・フォーク点ソングの代表的な曲です。昔から居間に飾ってある愛用の古時計に、今は亡き祖父の面影を重ねるという、いかにも古き良き時代の風情を忍ばせる名曲です。トム・グレイによる間奏のベース・プレイが聴きものです。

6曲目の「住む家もなく」(Ain't Got No Home ) はカントリー・ブルースに見られるシンプルな内容をテーマにした曲です。チャーリーがいろいろと声色を変えてコミカルに歌います。前曲とこの曲は当時、初めて公式に発表されていますが、以前からライヴでのレパートリーだったようです。

彼らのライヴは、そこがたとえコンサート・ホールであれ、コーヒー・ハウスであれ、いつも軽いジョークが飛び出して、リラックスして演奏を楽しんでいるように聴こえます。

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by scoop8739 | 2006-03-19 00:15 | カントリー・ジェントルメン

183 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (23)

スターディ時代 (11)

a0038167_210150.jpgB面1曲目の「レッド・ロッキン・チェアー」(Red Rockin' Chair) もこの年3月の10度目のセッションでレコーディングされている曲です。ジェントルメン以前には「Sugar Baby」とか「Honey Baby」というタイトルでも歌われていました。ジェントルメンはとてもドライヴの聴いた演奏を聴かせてくれます。

2曲目「おとめの挽歌」(I'll Never Marry) は1959年3月、6度目のセッションでレコーディングされています。リンダ・ロンシュタットも取り上げているこの曲を、ジェントルメンはドブロを多用して演奏しています。

3曲目の「びっこのウィリー少年」(Willie Roy, The Crippled Boy)は、このセッションで録音された曲です。チャーリーとジョンのデュエットでダイナミックに歌われます。

4曲目「サンライズ」(Sunrise)は、ジェントルメンの得意とするジャズ・ナンバーをブルーグラス・アレンジしたものです。チャーリーによると,ジャズやブルーグラスはフリーダム・タイプの音楽であると言います。そこで自分たちが何か新しいものをやろうとすると(やると)、特にジャズを意識しているわけではないにしろ,ファンの耳にはジャズ的なサウンドとして受け取られたのだそうです。エディのユニークなバンジョーとトムの正確なベースが素晴らしい曲です。

5曲目「沈黙と涙」(Silence Of Tears)も、このセッションで初めて録音された曲です。この曲はトムのオリジナルで、ジョンが男性的な力強いハイ・テナーで一気に聴かせます。

6曲目「ニュー・フリーダム・ベル」(New Freedom Bell) ) は1959年6月、7度目のセッションでレコーディングされました。ハイ・ファルセット・コーラスで歌われる自由を讃えた希望の歌です。

7曲目「チャーチ・バック・ホーム」(Church Back Home)の録音が一番古く、19587年5月に行われた3度目のセッションからのものです。カントリー・チャーチへ想いをたぐると言った、よくあるパターンの郷愁歌です。ジョンのリードに被さるようなハミングといい、コーラスといい、全く手慣れたいい感じです。のちに「Along The Way」というタイトルで再録音されています。


【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

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by scoop8739 | 2006-03-17 21:02 | カントリー・ジェントルメン

182 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (22)

スターディ時代 (10)

a0038167_23514341.jpgカントリー・ジェントルメンにとってカーネギー・ホール・コンサートの成功は、スターディ社にとっては新たなビジネス・チャンスとなりました。スターディ社はジェントルメンが既にレコーディングしてあった6曲に,新たにスタジオ録音した8曲(新録6曲、再録2曲)を加えて1枚のアルバムをリリースします。題して「ブルーグラス・アット・カーネギー・ホール」。まさに他人のふんどしにも似た、何とも安直なタイトルではありませんか。しかしジェントルメンにとってはスターディでの初アルバムであり、それまでの総決算のようなベスト盤となったのでした。このレコーディングは1961年11月6日のことでした。

A面1曲目の「我が心は終りぬ」(I Know I've Lost You)はこの年3月の10度目のセッションでレコーディングされている曲です。ジョンのテナー・リードとドブロがいやが上にもブルーなムードを盛り上げます。

2曲目「ボクだけのこと」(Nobody's Business)は1959年5月、6度目のセッションでもレコーディングされていますが、その時はエディが加入する前で、バンジョーはピートが弾いています。今回のはエディのバンジョーで再レコーディングされました。

3曲目「水、静かなるところ」(Down Where The Still Waters Flow)は、チャーリーのリード・ボーカルによるカントリー色強い、天国を讃えたセイクレッド・ナンバーです。なおこの曲はピートの作となっています。

4曲目の「カントリー・コンサート」(Country Concert)は、正式なタイトルは「ジョン・ハーディ」です。チャーリーによると、エディがバンドに加入する際に持ってきたレパートリーと言われていますが、ビル・エマーソンが在籍していた頃のセッションでも録音されたことがある曲です。

5曲目「トムへの手紙」(Letter To Tom) は1960年1月の8度目のセッションでレコーディングされています。ドブロが効果的に使われているスローなナンバーです。

6曲目「二人の少年」(Two Little Boys)は、南北戦争が背景となったかなり古い曲です。ジェントルメンによってアップ・テンポに演奏されましたが、このレコーディング以来、チャーリーのフェイバリット・ソングとなりました。

7曲目の「この神の子等」(These Men Of Gold)は、先のカーネギー・ホール・コンサートでも歌われていますが、正式にスタジオ録音されたのはこの時が初めてでした。


【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

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by scoop8739 | 2006-03-16 23:53 | カントリー・ジェントルメン

181 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (21)

フォークウェイズ・デイズ (8)

a0038167_18402466.jpg2001年にCDとして再発リリースされた「オン・ザ・ロード・アンド・モア」のボーナス・トラックに収録されたのは、「さぼりたや節」、「トムへの手紙」、「ジョン・ハーディ」、「フィールズ・ハヴ・ターンド・ブラウン」、「この神の子等」、「小さな雀」の6曲でした。

「さぼりたや節」(Ain't Gonna Work Tomorrow)は、「明日は私の結婚式」(Tomorrow's My Wedding Day)というタイトルでもお馴染みの曲で、1960年1月スターディでの8回目のセッションでレコーディングされ、同年5月に行われたフォークウェイズでのアルバム「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」でも再びレコーディングされているジェントルメンお得意のレパートリー曲です。

「トムへの手紙」も同じく1960年1月スターディでの8回目のセッションでレコーディングされた曲です。CD「オン・ザ・ロード・アンド・モア」では、1963年1月に行われたコーヒー・ハウス「セイクレッド・マッシュルーム」でのライヴでも歌われています。

「ジョン・ハーディ」はジェントルメン・ヴァージョンとしては「カントリー・コンサート」というタイトルでクレジットされていますが、最初にレコーディングされたのは1958年5月、スターディでの3回目のセッションでした。この曲が再びレコーディングされるのはこの翌々月の11月、スターディでの11回目のセッションでした。

「フィールズ・ハヴ・ターンド・ブラウン」は、1961年春に行われたフォークウェイズでのアルバム「フォーク・ソングス・アンド・ブルーグラス」のためにレコーディングされた曲です。ジェントルメンはこれ以降も数多くのライヴで歌い続け、メンバーがすっかり変わった後年まで歌い継がれた曲です。

「この神の子等」(These Men Of God)は,この時点でスタジオ録音はされてはいませんが、翌々月の11月、スターディでの11回目のセッションでレコーディングされ、その後も数多くのライヴで歌い続けられます。

「小さな雀」は、前年5月に行われたフォークウェイズでのアルバム「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」でレコーディングされた曲です。

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by scoop8739 | 2006-03-12 18:41 | カントリー・ジェントルメン

180 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (20)

フォークウェイズ・デイズ (7)

カントリー・ジェントルメンは、持ち前のショウマン・シップとユニークかつ立体的な演奏スタイルでブルーグラス界のダーク・ホース的な存在となり、北東部地域の大学キャンパスにおける人気バンドとなっていったのでした。時代的に言うとモダン・フォークでの
キングストン・トリオやブラザーズ・フォアに匹敵するほどの存在だったようです。

さてそんなジェントルメンが一部のファンのみならず、多くの聴衆に知れ渡るようになるきっかけとなったのは、なんと言ってもカーネギー・ホールに出演したことではないしょうか。

1961年9月16日、音楽誌シング・アウト主催のコンサートに出演した彼ら4人は、ギター、5弦バンジョー、マンドリン、ベースだけで音楽的な技術はもとより、エンターティナーとしての立場、義務を心憎いまでに披露し、聴衆を十二分に満足させたのでした。その模様はフォークウェイズのエンジニアによってしっかりと録音されていました。

ところがこのテープは長い間お蔵入りされていて、40年後の2001年になって初めて、以前LPで発売されていたライヴ・アルバム「オン・ザ・ロード」がCD化される際に陽の目を見ることとなったのでした。

a0038167_23301618.jpgアルバム「オン・ザ・ロード」のボーナス・トラックとして私たちの前に姿を現したのは僅か6曲でしたが、それらは彼らのエンターティナーぶりを余すことなく伝える内容のものでした。曲自体はそれ以前にスターディに録音されていたものとほぼ同じなのですが、コンサートの雰囲気を伝えるには十分すぎる素晴らしいものだと思います。

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by scoop8739 | 2006-03-10 23:31 | カントリー・ジェントルメン

179 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (19)

フォークウェイズ・デイズ (6)

a0038167_20522166.jpgアルバム「フォーク・ソングス・アンド・ブルーグラス」のB面1曲目は、ブルーグラスの愛唱歌として有名な「ハンサム・モリー」です。この曲はもともとイギリスのトラディッショナル・ソングでした。しかし、あまりにもブルーグラス的な内容のために多くのミュージシャンのレパートリーとなっています。ジェントルメンはトリオ・コーラスで聴かせてくれます。

2曲目「ヴィクティム・トゥ・ザ・トゥーム」はジョンの作です。父親の死に対する哀惜の念を、チャーリーが独特のフィーリングで歌っています。この曲は1983年にレッド・アレンが、また2002年にはデヴィッド・グリスマンらが「オールド・イン・ザ・グレイ」というアルバムで取り上げています。

3曲目の「牢獄の壁に咲く愛」(Behind These Prison Walls Of Love)は,ブルー・スカイ・ボーイズがRCAレコード時代に録音した名曲です。これまたトリオ・コーラスで聴かせてくれます。

4曲目「赤いバラ」(Wear A Red Roses)は、愛の証を赤いバラと白いバラで表現する内容の、実に美しい歌詞を持つ曲で、これもジョンの作です。トムのタイトな4ビート・ベースに乗ってはつらつとしたブルーグラス・サウンドに仕上がっています。

5曲目の「アイム・カミング・バック」は、チャーリー・モンロウがRCAレコード時代に録音した名曲です。ケニー・ハドックのドブロでキック・オフするこの曲も彼らはトリオ・コーラスで聴かせてくれます。後年、D.グリスマンのアルバム「心の故郷」では、D.マッカリーとH.ペダーセンのデュエットで歌われています。

6曲目の「サウス・バウンド」もジョン作のインスト曲です。マンドリンに始まり、続いてバンジョーがソロをとるといった典型的なブルーグラスのブレイクダウンです。

7曲目「カム・オール・エ・テンダー・ハーテッド」は、サザン・マウンテン地方に伝わる民謡です。ジョンとピートがアレンジを加えてジェントルメンのレパートリーになりました。ジョンのボーカルが切なげに聴こえます。

8曲目は「祈りの時」(Standing In The Need Of Prayer)です。セイクレッド・ソングの約束に従って、チャーリーのリードの後にカルテット・コーラスで歌われます。この曲もピートがアレンジを加えています。

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by scoop8739 | 2006-03-09 20:54 | カントリー・ジェントルメン

178 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (18)

フォークウェイズ・デイズ (5)

a0038167_2127546.jpgアルバム「フォーク・ソングス・アンド・ブルーグラス」は、前作のコンセプトを引き継ぎながらも、サウンド面での強化が施されたものでした。

A面1曲目は、スタンレー・ブラザーズの演奏でも有名な「45号列車」(Train 45)です。最初の頃はフィドル・ナンバーとして演奏されていましたが、モダン・フォークの父、ウッディ・ガスリーが「900マイル」と歌い、フォーク・ブルースでは「オールド・ルーベン」「ルーベンズ・トレイン」「ルーベン・ブルース」などのタイトルで歌われました。ジェントルメンの演奏するこの曲は、ジョン・ダフィーのドブロをフィーチャーしてモダンな仕上がりとなっています。

2曲目「リトル・ベッシー」はトラディッショナルなゴスペル・ソングです。人生の幸福の絶頂と不幸のどん底の二つの生活は、死というものによって初めて天国に召され、その二つの道はひとつにたどり着くという内容の曲ですが、ジェントルメンは独特の味のあるトリオ・コーラスで歌っています。ジョンの力強いテナーが曲自体をぐいぐいと引っ張っていっています。

3曲目の「ザ・フィールズ・ハブ・ターンド・ブラウン」もスタンレー・ブラザーズが取り上げて有名になったスタンダード・ナンバーです。ジェントルメンはこの曲もスタンレーを参考に演奏しています。チャーリーの渋いリード・ボーカルがとてもいいですね。

4曲目「ゼア・アット・レスト・トゥゲザー」は、ベイリス・ブラザースとともに第二期カントリー・ミュージック黄金期を支えた人気グループ、カラハン・ブラザースの作品をブルーグラス・アレンジしたものです。この曲もトリオ・コーラスで聴かせてくれます。

5曲目の「ストラッティング・オン・ザ・ストリングス」は、バンジョーのエディ・アドコックのオリジナルです。ブラック・マウンテン・ラグを思い起こすメロディーですが、ツイン・バンジョーで演奏されています。セカンド・バンジョーはピート・カイケンダルなのかな?

6曲目「貴女への追想」(Remembrance Of You)は、1960年4月に行われたスターディでの9回目のセッションでも録音されていますが、基本的には両方とも全く同じパターンで演奏されています。恋人の死の描写を優雅に表現方法した曲です。トリオ・コーラスの後にチャーリーのリードが続きます。

7曲目の「レッド・ロッキン・チェアー」は、このアルバムの録音直前のスターディでの10回目のセッション(1961年3月頃)で録音されたものとほとんど同じ演奏形式で録音されました。チャーリー・モンロウ、ハリー&ジェニー・ウエスト、ドッグ・ボックらが演奏しているようなサザン・マウンテン・フォーク・ソングの曲で、ジョンのお気に入りの曲です。ここではドライヴの効いたジェントルメンの演奏が聴かれます。

8曲目はカントリー系ミュージシャンの愛唱歌で、チャーリー・モンロウをはじめ、モーリス・ブラザーズ、カーター・ファミリーの演奏でもお馴染みの曲「永遠の絆」(Will The Circle Be Unbroken)です。ミズリー、アーカンソー州で活躍した聖歌隊ホーリー・ローラー・シンガーが歌ったのが一番古いとされています。ジェントルメンの演奏はジョンのリードで気持ちよく歌われています。

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by scoop8739 | 2006-02-28 21:28 | カントリー・ジェントルメン

177 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (17)

フォークウェイズ・デイズ (4)

1961年はカントリー・ジェントルメンが飛躍する年となりました。5月にはオバリンにある大学で初めてのコンサートを行い、9月には音楽誌「シング・アウト」主催によるカーネギー・ホールでのコンサートに出演します。これらにより彼らは本拠地ワシントンD.C.のみならず、東海岸のフォーク界に影響を及ぼす存在へとなっていきます。

a0038167_1613345.jpgさて、フォークウェイズ社から発売された前作「カントリー・ソング・オールド・アンド・ニュー」が好評だったので、ジェントルメンはこの年に同レーベルでの第2弾アルバムを企画します。このアルバムは前作と違ってベースにトム・グレイが加わったため、彼の4ビート・ベースを強調して作られています。

これはスターディ盤でのレコードの音質の悪さを克服したもので、エンジニアのピート・カイケンダルはジョン・ダフィーの指示のままに、ベースの音がちゃんと聴こえるように原盤作りを進めます。その結果,独特のサウンドに仕上がりますが、それは特にトリオ・コーラスの部分に多く現れています。つまり、ベース以外のメンバーはリズム・ワークを気にせずに自分のボーカルに集中できるようになったのです。

こうして出来上がったアルバムは全16曲のうち器楽曲はたったの3曲で、ボーカル曲の13曲のうち8曲がトリオで歌われていて、さらにそのうちの4曲は最初から最後まで一貫してトリオで歌われています。こうしたアルバム制作の意図によって、ジェントルメンは若いバンドとしての力強さの多くを再現できたと思われます。

このサウンドは「プログレッシヴ・ブルーグラス」と呼ばれるようになりますが、1960年初頭においてはブルーグラス本来の形からの過激な離脱のように思えました。ところが、このサウンドは東海岸の大学生を中心とする多くの聴衆に支持され、大いなる成功を収めたのでした。

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by scoop8739 | 2006-02-26 16:14 | カントリー・ジェントルメン

176 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (16)

スターディ時代 (9)

ベースのトム・グレイが正式にジェントルメンに加入したのは1960年10月でした。ただしレコーディングとして残っているは1961年3月からで、その月の19日にスターディでの10回目のセッションが行われています。この時、シングル盤のために用意した「レッド・ロッキング・チェア」、「我が心は終りぬ」(I Know I've Lost You)の2曲に加え、「ザッツ・ザ・ウェイ・ユー・フィール」が録音されています。

「レッド・ロッキング・チェア」は、1940年代にチャーリー・モンロウがRCAレコードに残した録音を基に、ジョン・ダフィが斬新なアレンジを加えています。妻に去られ、赤子をかかえて非嘆にくれる、「浪曲子守唄」の主人公のような男のことを歌ったこの曲は,軽やかなマンドリンでキック・オフし、ジョンのソロで歌われます。この曲は、これ以降ずっと彼らのレパートリーとしてライヴなどで歌われ続けます。

a0038167_19165276.jpgまた「我が心は終りぬ」は、ピート・カイケンダルの収蔵するコレクションの中の1曲で、古いカントリー・ソングでした。トリオ・コーラスに続いてソロ・パートをジョンが歌っています。なお、この曲と次の曲のセッションではケニー・ハドコックがドブロを弾いています。余談ですが、彼はこの年の10月に行われたカーネギー・ホールでのコンサートでも、ドブロでジェントルメンに参加しています。

「ザッツ・ザ・ウェイ・ユー・フィール」は、スタンレー・ブラザーズによって歌われていた曲です。トム・グレイのベースが快調にフォー・ビートのリズムを刻む中、これもまたソロ・パートをジョンが歌っています。この2曲はカップリングで1961年9月にスターディからリリースされました。

【資料参考:King Records“Country Gentlemen / High Lonesome”(レコード番号3510-2-2)】

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by scoop8739 | 2006-02-18 23:45 | カントリー・ジェントルメン

175 カントリー・ジェントルメンを聴き倒す (15)

フォークウェイズ・デイズ (3)

a0038167_21313966.jpgB面1曲目「エレン・スミスの物語」(Ellen Smith)は、1893年8月にノース・キャロライナ州エアリー山で実際に発生した殺人事件を基にして作られた代表的なマーダー・ソングです。ジェントルメンは4月20日のスターディでの録音に続いて、ここでも再録音しています。ジョンのフェイバリット・ソングなのだそうで、ソロで気持ちよく歌っています。

2曲目の「黒いベール」(The Long Black Veil)は、もともとはオープリーのスター、レフティ・フリーゼルが歌って1959年に大ヒットした曲です。ジェントルメンが取り上げてからは、キングストン・トリオやジョーン・バエズなど多くのフォーク・シンガーによって歌われました。ブルーグラスではフラット&スクラッグスもレパートリーにしています。人妻と不倫関係を結んでいたためにアリバイの証言できずに死刑になった男と、その相手の女は他人事のように冷静に処刑を見守っていたという内容の曲です。ジェントルメンはトリオ・コーラスで歌っています。

3曲目「ホンキー・トンク・ラグ」(Honky Tonk Rag)は、タイトル通りのホンキー・トンクなインスト曲です。マンドリン、バンジョー、ギター、ベースの順にソロで演奏されます。このアルバムでのベースはジム・コックスです。

4曲目の「ジェシー・ジェイムズ」(Jesse James)は、西部開拓時代の無法者をテーマにしたバラッドです。この曲の主人公は日本で言うところの石川五右衛門や鼠小僧といったところでしょうか。チャーリーの軽やかなリード・シンギングが聴かれます。

5曲目「主よ、あなたの意のままに」(Have Thine Own Way)は、ワシントンD.C.でも格式の高い第5バプティスト教会の「The Modern Hymnal」から採譜したというヒム・ソングで、これもトリオ・コーラスで歌われています。

6曲目の「グッド・ウーマンズ・ラヴ」(A Good Woman's Love)は、カントリー系のソング・ライター、サイ・コウブンが1956年に発表した曲です。ビル・モンロウやハンク・ロックリンと言った大物シンガーもレパートリーに入れているほどの名曲です。コーラスをトリオで、サビはチャーリーがソロで歌います。間奏のマンドリンが哀愁を誘います。

7曲目「双頭の鷲の旗の下に」(The Double Eagle)は、1903年にジョセフ・フランツ・ワーグナーが発表した有名なマーチ・ソングです。ハンク・トンプソンのウェスタン・スィングでもお馴染みのこの曲は、チャーリーのギターをフィーチャーして演奏されます。イントロのドラムのような音は5.6弦をクロスして叩くように弾いています。

アルバム最後の曲「ダーリン・アラリー」(Darling Alalee)は、スターディでの1月のセッションでも録音しています。この曲は、南北戦争時代には「Ella Rhee」というタイトルでミンストレル・ショーのステージでよく歌われていました。チャーリー節がたっぷりと聴かれます。

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by scoop8739 | 2006-02-16 21:35 | カントリー・ジェントルメン