カテゴリ:カントリー・ジェントルメン( 56 )

219 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (56)

スターディへの録音 (16)

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続いてA面5曲目から始めましょう。

軽快なバンジョーから始まる「ロング・ジャニー・ホーム」(Long Journey Home)は、ブルーグラスの定番となっている曲です。南部山岳地帯の古民謡で、1930年代にモンロゥ・ブラザースによって世に出されました。この曲は、クラレンス・ホワイトが在籍していたケンタッキー・カーネルズが出演した1964年のニューポート・フォーク・フェスでのライヴ盤で有名ですが、伝説のアコースティック・ギタリスト、ドク・ワトソンとクラレンスの歴史的共演を聴くことが出来ます。また、リフレイン部をとって「Lost All My Money」とも呼ばれています。ジェントルメンは、チャーリーのリード・ボーカルに続いてジョンとエディの3部コーラスで、バイタリティ溢れる、胸のすくような熱唱を聴かせてくれます。

6曲目「テイク・ジス・ハンマー」(Take This Hammer)はオズボーン・ブラザーズ盤でおなじみの、これまたブルーグラスの定番となっている曲で、鎖につながれ重労働を課せられた囚人の反抗の歌です。黒人民謡の神様と呼ばれるレッドベリーによって世に出され、「漕げよマイケル」という曲で有名なモダン・フォーク・グループ、ハイウェイメンなども歌っています。また珍しいところではイギリスのロック・バンド、スペンサー・デービス・グループも彼らのレパートリーにしていました。ジェントルメンはオズボーン・ブラザーズ風に3部コーラスで歌います。

7曲目の「おお、スザンナ」(Oh Susanna)は、スティーブン・フォスター作のミンストレル・ソングとして有名な曲です。1848に初めて出版されましたが、ヨーロッパ音楽と白人アメリカ人の音楽にアフリカン・アメリカンの音楽を融合させた、最も有名なアメリカの歌です。この曲をジェントルメンはインスト曲として演奏します。まずはエディのバンジョーが軽快にメロディを奏で、続いてジョンのマンドリンが続きます。双方、少しずつメロディ・ラインを崩しながらの演奏はブルーグラス・インストの醍醐味と言えるでしょう。

ということで、次回はB面へと続きます。


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by scoop8739 | 2017-09-21 08:57 | カントリー・ジェントルメン

218 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (55)

スターディへの録音 (15)

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それでは、日本のファン向けに特別にレコーディングされ、日本だけで発売されたジェントルメンの幻のレコード「フォーク・ヒッツ・ブルーグラス・スタイル」(Folk Hits Bluegrass Style)を詳しく解説致しましょう。

A面1曲目「風に吹かれて」(Blowing In The Wind)は、おなじみボブ・ディランの作った反戦歌です。この曲は、19624月にディランがグリニッジ・ヴィレッジのコーヒー・ハウス「ガスライト」の向かいにあった「コモンズ」という店で、友人たちと長時間に亘って黒人の公民権運動について討論した果てに数分で書き上げたと言われています。「10分で書いた。古い霊歌に言葉を当てはめたんだ。多分カーター・ファミリーのレコードか何かで覚えたものだと思う。これがフォーク・ミュージックのいつものやり方だ。すでに与えられているものを使うんだ。」とディラン本人が述べています。1963年夏にピーター・ポール&マリーがカバーして世界的大ヒットとなりました。ジェントルメンはブルーグラスのテイストを残しつつも、フォーク・スタイルのコーラスで歌い上げます。

イントロのバンジョーから何となく惹かれる2曲目の「500マイルも離れて」(Five Hundred Miles)の曲自体は古くからの民謡でした。フォーク歌手ヘディ・ウエストによって1961年に紹介され、さらにピーター・ポール&マリーが19625月にリリースした彼らのファースト・アルバムの中に収録され、このアルバムが全米アルバム・チャートで1位を記録し、日本でも広く知らされる事となりました。ジェントルメンは過去に廉価盤「フーテナニー・ア・ブルーグラス・スペシャル」(Hootenanny, A Bluegrass Special)でも歌っています。このヴァージョンはモダン・フォークのグループ、ジャーニーメンを参考にしていて、原曲のイメージを損なうことなく、ジョン・ダフィーが歌う切ないファルセットが胸に染み入る仕上がりとなっています。後に彼は「セルダム・シーン」を結成して最初のアルバムにも、ほとんどこのヴァージョンと同じアレンジで歌っています。

3曲目の「この国はみんなの国」(This Land Is Your Land)はモダン・フォークの生みの親とも言われるウッディ・ガスリー作の名曲です。ブルーグラスではフラット&スクラッグスが1962年発売のアルバム「Folk Songs Of Our Land」の中で歌っています。ジェントルメンはそれとはまた違った、彼らならではのいい味を出しています。チャーリーとジョンの力強いボーカルが魅力的です。

4曲目「ホーム・スウィート・ホーム」(Home Sweet Home)は、我が国では「埴生の宿」という題名で親しまれている曲です。作詞のジョン・ホワード・ペインはアメリカの俳優であり、劇作家で、彼は13歳で孤児になり、生涯、家庭を持たない放浪の人でした。その詞にイギリス人の作曲家ヘンリー・ビショップが曲を付けています。ジェントルメンはこの曲をインストルメンタル曲として演奏しています。エディがスクラッグス・チューナーを多用し、まるで「アールズ・ブレイクダウン」のように演奏します。ジョンも2回目の間奏では、ジム&ジェシーのジェシー・マクレイノルドの十八番で、通称「マクレイノルズ・クロスピッキング」という演奏テクニックを駆使して曲を盛り上げています。

ということで、今回はこの辺で。

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by scoop8739 | 2017-09-19 09:23 | カントリー・ジェントルメン

217 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (54)

スターディへの録音 (14)

1965年、66年頃には、我が国の学生の間でブルーグラス・ブームが沸騰点に達していました。とりわけ、カントリー・ジェントルメンの人気は、フォーク・グループでいうとPP&Mやブラザーズ・フォアの様なものでした。

言わずもがな、ジェントルメンの魅力はモダン・フォークやジャズの要素を取り入れたユニークなモダン・ブルーグラス・スタイルを作っているところで、さらに高度な演奏テクニックと、深みのある歌唱力が備わっているのですから、「鬼に金棒」どころか、大砲まで持っているようなものです。

ジェントルメンは、演奏テクニックを競う学生バンドにとっては格好の目標であり、アイドル・バンドのひとつとなりました。

そんな中、我が国のキング・レコードの若き制作ディレクターが一つの企画を立ち上げます。それは、カントリー・ジェントルメンにフォーク・ソングのヒット曲をブルーグラス・スタイルで演奏させ、それをアルバムで発売しようというものでした。しかも本国アメリカではなく、日本のみの発売という暴挙に打って出ます。

この企画をスターディ社社長ドン・ピアス氏に持って行くと、いとも簡単に了承していただいたのです。ただし彼らはとても忙しいので、1日の録音時間しか与えられないとの返事でした。

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19651115日、その日がやってきました。場所はヴァージニア州フォールス・チャーチにある、といえば、彼らのフランチャイズでもあったピート・ロバーツ(カイケンダル)所有の「ウィンウッド・スタジオ」です。

アルバムに収録されているのは全14曲。モダン・フォークソング3曲と古謡が11曲。その中には3曲のフォスター・メロディが収録されました。

それでは全曲を紹介致しましょう。

A

1曲目「風に吹かれて」(Blowing In The Wind)

2曲目「500マイルも離れて」(Five Hundred Miles)

3曲目「この国はみんなの国」(This Land Is Your Land)

4曲目「ホーム・スウィート・ホーム」(Home Sweet Home)

5曲目「ロング・ジャニー・ホーム」(Long Journey Home)

6曲目「テイク・ジス・ハンマー」(Take This Hammer)

7曲目「おお、スザンナ」(Oh Susanna)

B

1曲目「草競馬」(Camptown Races)

2曲目「赤い河の谷間」(Red River Valley)

3曲目「自由な小鳥」(Free Little Birdd)

4曲目「ケンタッキーの我が家」(My Old Kentucky Home)

5曲目「ローズ・コネリー」(Rose Connelly)

6曲目「さよならケイティー」(Goodbye Katie)

7曲目「蛍の光」(Auld Lang Syne)

次回はA面曲から順次に解説致します。


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by scoop8739 | 2017-09-14 09:48 | カントリー・ジェントルメン

216 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (53)

レベルへの録音 (13)

1965年の夏のある日、カントリー・ジェントルメンは、レベル社の要請でクリスマス・シーズン用の曲をレコーディングをします。場所はメリーランド州バルチモアにある「レコーディングス・Inc」でした。

この時にレコーディングされた曲が、クリスマスの定番曲「ジングル・ベル」(Jingle Bells)、「きよしこの夜」(Silent Night)、「我らは来たりぬ」(We Three Kings)の3曲でした。

このうち「ジングル・ベル」は、196211月にウィンウッド・スタジオで録音されていた「クリスマスには帰ろう」(Christmas Time Back Home)とのカップリングで、翌196611月にレベル社からシングル盤リリース(Rebel F-264)されます。ちなみに「クリスマスには帰ろう」は、レベル社での初シングル盤として、196211月に「天国に帰ろう」(Heavenward Bound)とのカップリングでリリースされています(Rebel F236-45)

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「きよしこの夜」は、「クリスマスには帰ろう」「ジングル・ベル」と共に、1980年に「Christmas Time Back Home」と題されたシーズン企画アルバム(Rebel REB-1600)に収録されました。このアルバムには以下の曲が収録されています。なお、このアルバムは、1994年8月にCD化されています(Rebel CD-1600)

A

1曲目「クリスマスには帰ろう」(Christmas Time Back Home)/カントリー・ジェントルメン

2曲目「クリスマスがやって来る」(Chrismas Times A-Comin’)/ラリー・スパークス

3曲目「ゆっくりと雪が降る」Slowly Fall The Snow Flakes)/ビル・キャロル

4曲目「ブルー・クリスマス」(Blue Christmas)/ラリー・スパークス

5曲目「ジングル・ベル」(Jingle Bells)/カントリー・ジェントルメン

6曲目「罪を犯すなら」(If You Are To Sin Inclined) /ビル・キャロル

B

1曲目「クリスマスは遠くない」(Christmas Is Not Far Away)/レッド・エリスとヒューロン・ヴァレー・ボーイズ

2曲「クリスマスだよ!」(It's Christmas Time)/ラリー・スパークス

3曲目「クリスマスはお家で」(Home For Christmas)/レッド・エリスとヒューロン・ヴァレー・ボーイズ

4曲目「きよしこの夜」(Silent Night)/カントリー・ジェントルメン

5曲目「クリスマスはすぐそこに」(Christmas Is Near)/ラリー・スパークス

6曲目「ベツレヘムの美しい星」(Beautiful Star Of Bethlehem)/ラルフ・スタンレーとクリンチ・マウンテン・ボーイズ

残りの1曲、「我らは来たりぬ」(We Three Kings)は、1857にジョン・ヘンリー・ホプキンズ二世師(Reverend John Henry Hopkins, Jr.)が作詞したクリスマス・キャロルです。東方よりキリストの誕生を祝うためにやって来たという3人の賢者のことを歌っています。なおこの曲は、カントリー・ジェントルメンの4枚組ボックス・セット「アーリー・レコーディング19621971」でのみ収録されています。


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by scoop8739 | 2017-09-12 08:32 | カントリー・ジェントルメン

214 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (52)

レベルへの録音 (12)

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さて今回は、アルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)B面3曲目「風吹きすさぶ国」(A Cold Wind Blowing)からです。この曲もまた前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)B面1曲目に収録されるはずの曲を再度レコーディングしたものです。作者の一人、アン・ヒル・ストリーターは当時を振り返りこう語っています。「私は公民権運動に参加した折、ボブ・ディランの名曲”風に吹かれて”(Blowing In The Wind)を意識した歌詞を思いついて書き、これにジョン・ダフィが曲を付けました」と。

4曲目「スパニッシュ・ツー・ステップ」(Spanish Two Step)は、カントリー・スウィングの雄、ボブ・ウィルスの作品です。彼は1935年にコロンビア、1955年にはデッカでそれぞれレコーディングしています。またこの曲は、名曲「サン・アントニオ・ローズ」を作曲する際の基礎となったそうです。チャーリーのギター・ワークが光るインスト曲です。

5曲目「アンクル・ジョー」(Uncle Joe)もまた、前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)B面2曲目に収録される曲を再度レコーディングしたものです。エディの子供時代の想い出を、「アンクル・ジョー」を通して描いています。彼のヴォーカルも聴き逃せません。

そして最後の6曲目「光を求めて」(Let The Light Shine Down)はセイクレッド・ソングです。1955年に、御大ビル・モンロゥがデッカにて録音を残しています。「正しく生きられるように、道を踏み外さないように、神よ我に光を」と歌っています。

以上がアルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)のすべてですが、実はこのセッションでもう2曲ほどレコーディングされていました。

その1曲が「罪人とバラ」(The Convict And The Rose)です。この曲はベティ・チャプリンとロバート・キングの共作で、ハンク・スノウが1958年にレコーディングしています。ハンクをアイドルとするチャーリーがこの曲をグループに持ち込んだものと思われます。ブルーグラスにアレンジされたこのヴァージョンはレベル社が1998年に、カントリー・ジェントルメンの4枚組ボックス・セット「アーリー・レコーディング19621971」を編集する際に新しく収録しています。

もう1曲は、「静かに揺れよ、愛しい荷車」(Swing Low, Sweet Chariot)です。ビル・モンロゥの1973年発売のライヴ・アルバム「ビーン・ブロッサム」(Bean Blossom)では、出演者が総出で最後の締め括りにこの曲を合唱しています。原曲は、1870年代にテネシー州ナッシュビヴィルのフィスク大学で活動していたアフリカ系アメリカ人グループ「ジュブリー・シンガーズ」(The Jubilee Singers)によって、アメリカ各地に広められた黒人霊歌でした。歌詞にはチャリオットに乗って天国へ昇る描写がありますが、これは旧約聖書に登場するユダヤ人の預言者エリヤ(The Prophet Elijah)が火の戦車に乗って天に昇っていく様子と関連があるとされています。この曲はレコーディングされたものの、マスターが紛失してしまい、残念ながら現存していません。

ということで、アルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)セッションでレコーディングされた曲の解説を終わらせていただきます。
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by scoop8739 | 2017-09-07 08:35 | カントリー・ジェントルメン

213 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (51)

レベルへの録音 (11)

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カントリー・ジェントルメン初のオリジナル・アルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)A面の残り2曲とB面の2曲を解説致します。

A面5曲目「ブラウン・マウンテン・ライト」 (Brown Mountain Light)は、前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)A面5曲目に収録されるはずの曲で、このヴァージョンはその時録音したものです。前ライヴ盤「ゴーイング・バック・トゥ・ザ・ブルー・リッジ・マウンテンズ」(Going Back To The Blue Ridge Mountains/当時は未発表)では9曲目に収録されます。この当時のライヴのレパートリーだったのしょう。その後も残されているブートレグ・テープでも常に演奏されている曲です。

6曲目「ノースバウンド」(Northbound)は、19世紀にベンジャミン・ハンビーによって作られた古い曲「ダーリン・ネリー・グレー」(Darling Nelly Gray)をカントリー・ジェントルマン風に味付けしたインスト曲です。かつて彼らが、フォークウェイズ社でのアルバム「フォークソングス&ブルーグラス」(FA-2410)の中で収録していた「サウス・バウンド」(Southbound)というインスト曲がありましたが、これはその続編でもなく、単に「南行きもあれば、北行きもある」といった具合なのかもしれません。あえて邦題を付けるならば、小林旭の歌のような題名「北帰行」となるのでしょうか? それはともかく、スタンレー・ブラザーズもまた、アルバム「フォーク・コンサート」の中で演奏しています(「ダーリン・ネリー・グレー」(Darling Nelly Gray)というタイトルで)。この曲、後にジョンが結成する「セルダム・シーン」のレパートリーに入っていてもおかしくないと思うのは、私だけでしょうか?

B面1曲目「住む所とてなく」(This World’s No Place To Live)もまた、前スタジオ録音アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(Nashville Jail/当時は未発表)A面2曲目に収録されるはずの曲を再度レコーディングしたものです。「冷たく静かな夜明けに、私は一人、この浮き世を旅する、風がかつて我が犯せし罪を、こだまのように吹き返す」と歌われる、モダン・フォーク的ニュアンスの曲です。

2曲目「北国の少女」(Girl From The North Country )は、ボブ・ディランのセカンド・アルバム「フリー・ホイーリン」(The Freewheelin')の中の1曲で、北国の少女との過ぎし日の恋をしのんだ歌です。原曲自体がカントリー風であり、ジェントルメンは彼らのスタイルにアレンジして演奏しています。

というところで、続きは次回に。


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by scoop8739 | 2017-09-04 08:37 | カントリー・ジェントルメン

212 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (50)

レベルへの録音 (10)

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それではレベル社でのカントリー・ジェントルメン初のオリジナル・アルバム「不思議な少女」(Bringing Mary Home)A面曲から始めましょう。

1曲目はアルバム・タイトル曲「不思議な少女」(Bringing Mary Home)です。端的に申しますと、この曲は怪談話です。深夜、道で拾った少女を車に乗せて、彼女の家まで送って行ったところ、後部座席に座っていたはずの女の子がこつ然と消えていた、というものです。真夏の夜にローソクの灯り1本立てて聞かせる話としては最高なのですが、不思議と音楽に載っけると妙に爽やかになります。この曲は1963年9月に行ったビル・クリフトンのレコーディング・セッションでも収録されています。ただし、ジェントルメン・ヴァージョンは歌詞が少し違います。作者としては、チャウ・マンク、ジョン・キングストンと共にジョン・ダフィの名がクレジットされています。

2曲目「川の向こうで」(Down Where The River Bends)はセイクレッド曲です。この曲は1941年にカントリー・デュオのジョニー&ジャックによって歌われています。内容は、戦場に向かう兵士がその恋人に、「たとえ死んでも二人の心は寄り添って離れることはない。また川の向こうで会える」という最後の別れを歌っています。ジェントルメンは、レッド・アレンとオズボーン・ブラザーズが歌っているのを聴いて、この曲を知ったと言います。

3曲目はインストルメンタル曲「リパブリック讃歌」(Battle Hymn Of The Republic)です。この曲は南北戦争時代の北軍の軍歌で、我が国では「おたまじゃくしは蛙の子」と歌われ親しまれています。作者は熱烈な反奴隷制度賛同者のジュリア・ウォード・ハウ夫人です。この曲をエディとジョンがアレンジし演奏しています。

続く4曲目「オハイオの岸辺で」(Banks Of The Ohio)は、南東部山岳地帯に伝わる民謡曲です。結婚してくれないという理由で恋人を殺して、オハイオ川に投げ捨てた男の殺人歌です。古くはG.B.グレイソンとヘンリー・ウィッターのデュエット盤が残されています。1930年代にはポピュラーとなり、モンロウ・ブラザーズやブルー・スカイ・ボーイズなど、兄弟デュエットでカヴァーされました。ジェントルメンはチャーリーのリードで歌われます。

ということで、今回はこの辺で。


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by scoop8739 | 2017-08-28 15:51 | カントリー・ジェントルメン

211 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (49)

レベルへの録音 ()

ライヴ・アルバム「ゴーイング・バック・トゥ・ザ・ブルー・リッジ・マウンテンズ」(Going Back To The Blue Ridge Mountains)のレコーディングから約3ヶ月。年が変わって1965年2月232425日の3日間、カントリー・ジェントルメンはニューヨーク州シラキュースにある同大学内の「レコーディング研究所」(The Recording Lab)に於いて、レベル社のための初めてのオリジナル・アルバム制作に取りかかります。

この時レコーディングされたものの中から、先行して「不思議な少女」(Bringing Mary Home)と「ノースバウンド」(Northbound)がカップリングされて、1965年7月にシングル盤リリースされました。

このシングル盤は、ブルーグラス系にもかかわらず、ビルボード誌「ホット・カントリー・シングルス」では19651030日号から4週間、下位ながら「50位、49位、46位、43位」とランキングされるという思わぬヒットになっています。

さてアルバムの方ですが、(この時点で)幻のアルバムとなっている「ナッシュヴィルの監獄」のレコーディング時に選曲されていた3曲を含む13曲のうちの11曲と、同アルバムのレコーディング時に録音しておいた「ブラウン・マウンテン・ライト」を足した合計12曲で、そのまま新しいアルバムが作られます。そのアルバム・タイトルが「不思議な少女」(Bringing Mary Home)でした。

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このアルバムは1966年7月にアメリカで発売され、日本盤は翌1967年8月にキング・レコードより「オハイオの岸辺で」(London SLH-93)というタイトルで発売されています。

それでは発売時の曲順でご紹介しましょう。

A

1曲目「不思議な少女」(Bringing Mary Home)

2曲目「川の向こうで」(Down Where The River Bends)

3曲目「リパブリック讃歌」(Battle Hymn Of The Republic)

4曲目「オハイオの岸辺で」(Banks Of The Ohio)

5曲目「ブラウン・マウンテン・ライト」(Brown Mountain Light)

6曲目「ノースバウンド」(Northbound)

B

1曲目「住む所とてなく」(This World’s No Place To Live)

2曲目「北国の少女」(Girl From The North Country )

3曲目「風吹きすさぶ国」(A Cold Wind Blowing)

4曲目「スパニッシュ・ツー・ステップ」(Spanish Two Step)

5曲目「アンクル・ジョー」(Uncle Joe)

6曲目「光を求めて」(Let The Light Shine Down)

ジェントルメンがしばらくライヴのレパートリーとしていた曲を中心に、新しく加えた曲での構成となっています。


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by scoop8739 | 2017-08-25 16:19 | カントリー・ジェントルメン

210 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (48)

フォークウェイズへの録音 (14)

いよいよアルバム「ゴーイング・バック〜」も最終コーナーを曲がるところとなりました。

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B面5曲目「悲しく、せつない日」(Sad And Lonesomeday)は、1938年にアルトンとレイボンのデルモア・ブラザーズによって演奏され、これに歌詞を付けて歌ったのがレッド・スマイリーでした。しかしブルーグラス・アレンジとしての決定打はレッド・アレンのアルバム「キープ・オン・ゴーイング」(Keep On Going)収録されているものでしょう。このような白人系カントリー・ブルースは、16小節型4行詞で、1行目から3行目までが同じ文句になっているのが普通です。ジェントルメンは名盤「フォーク・セッション・インサイド」において初録音し、以来、ライヴの定番曲となっています。

6曲目「クリプル・クリーク」(Cripple Creek)はブルーグラスの定番曲となった古いバイオリン曲です。1920年代から40年代にかけて、フィドル奏者の間では一般的に演奏されていました。ビル・モンロゥ、フラット&スクラッグス、リノ&ハーレル、スタンレー・ブラザーズなど大物たちも取り上げています。ジェントルメンのは最初はゆっくりとバンジョーのイントロから始まり、「クルプル・クリークへ昇って行こう。面白いよ。ズボンを膝までまくり上げ、行こうヨ、行こうヨ」と少しだけ歌い、続いてエディのバンジョーが弾むように続きます。ジョンのマンドリンも負けてはいません。続くエディは珍しくクロマティック・スタイルのバンジョーも聴かせてくれます。

7曲目「恋の道は…」(Don’t This Road Look Rough & Rocky ?)は、戦いに向かう兵士の別れの歌で、ヴァースの部分は兵士の言葉、コーラス部(リフレイン)は妻の言葉と考えられます。リフレインの「赤子をいとおしいと思わないでください。私がこの腕に抱えて、大事に寝かせていますから」という、妻から夫への激励の言葉が強い感銘を与えます。かつてはビル・モンロゥによって歌われていて、一方ジェントルメンは始めから終わりまで3部コーラスで歌われます。

さていよいよゴールに向かってムチが入りました。熱戦、いや熱の入った解説に期待しましょう(?)

8曲目の「ミュールスキナー・ブルース」(Muleskinner Blues)は、ラバ追いのカウボーイ・ソングです。数多くのカントリー・ヨーデルを書いたジミー・ロジャースが初めて書いた「ブルー・ヨーデル」ナンバーで、ビル・モンロゥが初めてブルー・グラス・ボーイズを結成した時に録音した曲でもあります。以来、彼の定番曲として有名になっています。

ところで話は変わりますが、1973年のある日、ビル・モンロゥがロサンゼルスのテレビ局KCETでのショー出演のためにツアー・バスで向かっているところ事故に遭遇し、ショーそのものが制作できなくなるという危機を迎えます。

その穴を埋めるべくテレビ局はロス在住のブルーグラス・ミュージシャンに連絡を取り、急遽セッション・バンドを組み立てて番組を作ることとなりました。

そこに呼ばれたのが、リチャード・グリーン、ピーター・ローワン、ビル・キースというモンロゥゆかりの人たちを中心に、モンロゥ・フリークで有名なデヴィッド・グリスマン、バーズ解散後フリーとなっていたクラレンス・ホワイトという、その当時ロックをやっていたミュージシャンばかりを集めたのです。

この急場仕立てのバンド名がなんと「ミュールスキナー」でした。番組は無事放映され、こと無きを得たのですが、この連中はその余韻からか番組終了後にレコーディングを画策し、結果、1枚のアルバムを残します。これが名盤「ミュールスキナー」(Mule Skinner)でした。

話が違うところに行ってしまいましたが、ジョンのビル・モンロゥを凌駕するようなハイテンションのヴォーカルが炸裂します。それを煽るかのようにエディのバンジョーが続きます。曲も最高潮に達したところで歌い終わると、客席からしばしアンコールの声が飛び交います。実際のステージでは、きっとこの後にアンコール曲が何曲か歌われたことでしょう。

ということで、珍解説も途中でムチの入れどころを間違えた箇所がありましたが、無事落馬せずにゴールしたようです。

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なお、米国版「ゴーイング・バック〜」は1973年9月にやっとLPが発売されました、また、日本盤「イン・コンサート」は、197410月に再編集(2曲カット)されて再発売されています。さらに「ゴーイング・バック〜」は、ファンの誰もが忘れていた頃の2007年5月になって初めてCD化されています(アルバム・デザインがオリジナル盤と違っています)。


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by scoop8739 | 2017-08-22 17:08 | カントリー・ジェントルメン

209 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (47)


フォークウェイズへの録音 (13)

ではアルバム「ゴーイン・バック〜」(長いので省略)のB面曲を紹介致しましょう。

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1曲目は「ブラウン・マウンテン・ライト」(Brown Mountain Light)は、前アルバム「ナッシュヴィルの監獄」(この時点ではまだ未発表でした)の5曲目に収録される予定でした。この曲はルル・ベルとスコット・ワイズマンの共作で、1960年代初期にキングストン・トリオによっても歌われヒットしています。また後には、クリス・ヒルマンの持ち歌としてヒルメン(The Hillmen)やバーズ(Byrds)、フライング・ブリトゥ・ブラザーズ(The Flying Burrito Brothers)にも持ち込まれました。歌の内容は、西ノース・キャロライナ地方に実在する実名の山の頂上で見られる不可解な灯りの起源を説明したものです。

「私たちは石器時代のビートルズです」とバンド紹介して始まる2曲目「エレクトリシティ」(Electricity) も前作同様、「ナッシュヴィルの監獄」3曲目に収録される予定でした。この曲は1951年にアラバマ州出身の歌手ジミー・マーフィーによって自作自演されました。なおこの曲は、エディがグループに持ち込んだようで、チャーリーがリード・ギター・プレイヤーとしての才能を遺憾なく発揮しています。

続く3曲目「ディキシーの夜明け」(Daybreak In Dixie)は、別名「バンジョー・イン・ザ・ヒルズ」(Banjo In The Hills)とも題され、ブルーグラスの世界では知らない人のいない定番インスト曲となっています。1957年にスタンレー・ブラザーズ&クリンチ・マウンテン・ボーイズのメンバー、ビル・ネイピアによって書かれ録音されています。ラルフのバンジョーと作者ビルのマンドリンの掛け合い同様、エディとジョンの激しいバトルが繰り広げられます。

サザン・オール・スターズの往年の名曲に題名だけ似た4曲目は「いとしのメリー」(Mary Dear)です。第一次世界大戦時の歌で、チャーリー・プールと彼のグループのギタリスト、ロイ・ハービーの作となっています。この曲のオリジナルのひとつにジーン・オートリーが歌ったものもありました。またジェントルメンの友人のビル・クリフトンも歌っています。ジェントルメンのスタジオ録音盤としては1970年リリースのアルバム「プレイ・イット・ライク・イット・イズ」(Play It Like It Is)まで待たなくてはいけません。

今回はここまで。残りは次回に。


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by scoop8739 | 2017-08-19 15:58 | カントリー・ジェントルメン