23 アメリカ西海岸のブルーグラス

a0038167_10144662.jpgカントリー・ジェントルメンの活躍に刺激されて西海岸からディラーズが登場します。彼らはバンジョーのダグ、ギターのロドニーのディラード兄弟を中心にした4人編成のバンドで、フラット&スクラッグスなどを手本として、都会のフォーク音楽の聴衆に向けて多くのフォーク・ソングを収めたアルバムでデビューします。

ディラーズは60年代前半にレコードやテレビを通してブルーグラスを広く知らしめ、70年以降も新しいカントリー・ロックを提示し続けた最もポピュラーなバンドです。彼らは登場とともにウエストコーストのブルーグラス・シーンを一身に担う役目を果たしました。一方、ブルーグラスからカントリー・ロック・バンドへといちはやく転身を遂げたのもディラーズです。しかし、そのスタイルは常にブルーグラスに根ざしたものであり続けたと同時に、トラデショナルなカントリー、フォーク、ロックといったあらゆるルーツを内包した音楽性は、ディラーズ独特の個性的なものでした。

そして1964年、12曲のインストゥルメンタルで構成されたアルバム「アパラチアン・スウィング」で鮮烈デビューしたのがケンタッキー・カーネルズでした。このアルバムの中で演奏されるフラットピック・ギターを耳にしたあらゆるブルーグラス・ギタリストたちは一様に驚愕してしまいます。それは意外なところにリズム・アクセントを置いた、ブルージーで刺激的、かつ趣味よく密着力のある技術を備えた革新的なブルーグラスのリード・ギターだったのです。

ギタリストの名前はクラレンス・ホワイト。19歳の彼は、ドク・ワトソンのフラット・ピッキングをもとに絶妙なタイミングでシンコペーションを加え、ピックだけでなく指をも使ってのメロディーとリズムを兼ねる独特の奏法を開発したのです。

元々ギターは、ブルーグラスの創成期においてリズム専門の楽器と考えられていて(バンドの中ではリード・シンガーがリズム・ギターを兼任するというパターンが多かった)、そういう時代がずっと続いていたのですが、60年代に入ってから徐々にブルーグラスにおけるリード・ギターの可能性の模索が始まります。前述のドク・ワトソンなどの天才的な人たちによって、「フィドル・チューンをギターで弾くためのテクニック」というのが確立されていったわけです。これは要するに乱暴な言い方をしますと、「フィドルやバンジョーで使っていたテクニックをギターに移植する」というやり方でした。つまりバイオリンの弓使いやバンジョーのロール(3フィンガー奏法のこと)をギターのフラットピック奏法でやってしまおうということです。こうしてクラレンスは持てるテクニックのすべてと彼自身の感性で新しいブルーグラスのリード・ギターを創造したのでした。

彼の弾くギターは兄ローランドのマンドリンやバンジョー奏者とも上手くマッチし、とくに「ナイン・ポンド・ハンマー」、「土の中のビリー」や「サリー・グッディン」などで聴くことのできるギターのテクニックには驚くものがあります。しかし残念ながら彼らは商業的な成功を得られず、やがてバンドは解散してしまいます。その後、クラレンスは紆余曲折の後、「ミスター・タンブリンマン」や「ターン・ターン・ターン」などの大ヒットで知られるフォーク・ロック・バンド、バーズに入団して活躍します。

余談ですが、バーズの結成メンバーの一人であったクリス・ヒルマンは、それ以前に南カリフォルニアで「ゴールデン・ステイト・ボーイズ」というグループのマンドリン奏者として活躍していました。やがてバンドはヒルメンと名乗りボブ・ディランの歌を2曲収めたアルバムをリリースしています。

Appalachian Swing! (Rounder)
1. Clinch Mountain Backstep
2. Nine Pound Hammer
3. Listen to the Mockingbird
4. Wild Bill Jones
5. Billy in the Low Ground
6. Lee Highway Blues
7. I Am a Pilgrim
8. Prisoner's Song
9. Sally Goodin'
10. Faded Love
11. John Henry
12. Flat Fork
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-08-25 10:13 | ブルーグラスの歴史
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