14 スタンレー・ブラザーズとサザン・マウンテン音楽

a0038167_10184892.jpgドン・リーノウがビルのもとを去った頃、ブルー・グラス・ボーイズに入団したのが、バージニア州南部クリンチ・マウンテン地域出身のカーター・スタンレーでした。彼は以前から弟ラルフとバンドを組んでいたのですが、ラルフが事故に遭い入院を余儀なくされたため、その期間だけの入団だったようです。

カーターとラルフのスタンレー兄弟は1946年にバンドを組み、当初は民族音楽の匂いが強いものを演奏していましたが、ビル・モンローがグランド・オール・オープリーでブルーグラス音楽を広めるに至って、彼らはこの音楽を自分たちのスタイルに取り込んでいきました。それまで古いバンジョー・スタイルで演奏していたラルフは、急遽スクラッグス・スタイルを習得します。

こうして新しく出てきたブルーグラス音楽を従来のマウンテン・スタイルでやってみようとする彼らの試みは、ラルフが回復した後にクリンチ・マウンテン・ボーイズを結成して実現されます。1950年代初頭に録音されたものに佳作が多く、その点ではビル・モンローやフラット&スクラッグスにも共通しているように思われます。

1960年以降のクリンチ・マウンテン・ボーイズは、マンドリンに代わって第2ギターを使うことが多くなりました。このバンドの特色はブル−グラス音楽以前のマウンテン・ミュージックとのつながりが他のバンドに比べて強いこと、それに関連して曲目には新しく作った曲よりも伝承曲(民謡)が多いことです。加えて兄弟2人の声の調和がとてもいいのが取柄で、物悲しく聴こえる歌声は他の追随を許さないものです。

1949年9月、彼らはコロンビア・レコードと契約しました。余談になりますが、このためコロンビアと契約していたビル・モンローはそれを嫌って11月にデッカ・レコードに移籍します。その理由は、「スタンレー・ブラザーズの音楽スタイルがビルのそれとあまりにも似ていた」ためでした。

話を戻しますと、コロンビアでは彼らの歌い方に微妙な変化が現れます。カーターのリード・シンギングの上にテナーとハイ・バリトンが乗っかるというトリオで、これ以降このスタイルはスタンレー・ブラザーズ独特のものとなります。

Complete Columbia Recordings (Columbia/Legacy)
1. Vision of Mother
2. White Dove
3. Gathering Flowers for the Master's Bouquet
4. Angels Are Singing (In Heaven Tonight)
5. It's Never Too Late to Start Over
6.Have You Someone (In Heaven Waiting)
7.Little Glass of Wine
8.Let Me Be Your Friend
9.We'll Be Sweethearts in Heaven
10.I Love No One But You
11.Too Late to Cry
12.Old Home
13.Drunkard's Hell
14.Fields Have Turned Brown
15.Hey! Hey! Hey!
16.Lonesome River
17.Man of Constant Sorrow
18.Pretty Polly
19.Life of Sorrow
20.Sweetest Love
21.Wandering Boy
22.Let's Part the Best of Friends
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-08-05 10:20 | ブルーグラスの歴史
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