06 ポップスへのアプローチ(1)

a0038167_10182829.jpg映画「オー・ブラザー」のメガ・ヒットや、アリソン・クラウス、エミルー・ハリスらの活躍によって、ブルーグラス音楽は他ジャンルのファンからも再認識され始めていますが、まだまだこの土臭い香りのする音楽は一般的なヒットをもたらすことはありません。

1960年初頭に起きたフォーク・リバイバル・ブームによって、それまではアメリカ南東部アパラチアン山岳地方でのみ受け入れられていたブルーグラス音楽は一気に大都会に進出します。とくにニューポートで行われるフォーク・フェスティバルに代表されるように、東部の大学生を中心によく聴かれたようです。

ブルーグラス音楽がフォーク・フェスティバルにおけるスタンダードな音楽として重要な位置を占めるようになるにつれて、フォーク・ミュージックへの進出は一種の流行となり、彼らはカレッジ・フォーク・コンサートを活動の場として、ブルーグラス音楽としては異例の商業的成功をおさめるのでした。その中心となったのがレスター・フラットとアール・スクラッグスのフォギー・マウンテン・ボーイズや、スタンレー兄弟のクリンチ・マウンテン・ボーイズでした。

なかでも1960年代に入ってからのフラット&スクラッグスは、50年代に聴かせたハードなブルーグラス・スタイルのすべてを捨て去り、極めてモダン・フォークソング的な耳障りの良いバンドへとスタイルを変え、60年代の中頃にはブルーグラス・ファンからかけ離れた存在と化してしまいます。しかし、1962年の「じゃじゃ馬億万長者」(The Ballad Of Jed Clampett)のビッグ・ヒットは、彼らを狭いブルーグラス・マーケットから無限の広がりを持つフォークやポップスのマーケットへ進出させた決定打と言ってもよいでしょう。そしてこの時代の活躍が後の広い人脈を作る基礎になったのです。

その後、ワシントンD.C.のカントリー・ジェントルメン、グリーンブライア・ボーイズやニュー・ロストシティ・ランブラーズの活躍と、西海岸からディーラーズやケンタッキー・カーネルズの出現によってにわかにブルーグラス・シーンが活気づき始めます。

そんな中、東海岸に現れたチャールズ・リヴァー・ヴァレー・ボーイズという大学生バンドが、ビートルズの曲をカバーしたアルバム「ビートル・カントリー」をリリースします。ぼくのような「ビートルズ大好き」人間は、それがどんなものであろうと有無も言わさず買ってしまうのですが、これがまたなかなか素晴らしいアルバムだったのです。このLPが発売されたのが1966年。ビートルズ全盛期の便乗企画物と言えばそれまでですが、ブルーグラスにアレンジしたというので言えば、これが最初のものではないでしょうか。

1曲目の「I'VE JUST SEEN A FACE」は軽快な曲調がカントリーのアレンジに違和感なく馴染みます。3曲目の「I FEEL FINE」もなかなかいい感じです。でも、さすがに5曲目の「TICKET TO RIDE」はちょっとなぁ、というアレンジです。なんといってもハッピーなのが4曲目の「YELLOW SUBMARINE」でしょう。たとえ音頭になろうとカントリーにアレンジされようと、この曲の脳天気さは普遍的だと言えます。

CHARLES RIVER VALLEY BOYS / BEATLE COUNTRY
1. I've Just Seen A Face
2. Baby's In Black
3. I Feel Fine
4. Yellow Submarine
5. Ticket To Ride
6. And Your Bird Can Sing
7. What Goes On
8. Norwegian Wood
9. Paperback Writer
10. She's A Woman
11. I Saw Her Standing There
12. Help!
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-07-24 10:19 | プロローグ
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