246 カントリー・ガゼットの音楽歴 (その9)

a0038167_15201036.jpgカントリー・ガゼットの1986年の日本ツアーでは、ボビー・クラークが1984年のように再びギターを演奏しています。1986年の終わりにビリー・ジョー・フォスターがグループを離れます。198612月と19871月に録音された次のアルバム『厳密なインストルメンタル(Strictly Instrumental)』では、レギュラーのアラン、ローランド、ジーン・ウーテンに加え、ビリー・ジョー・フォスターがゲスト・ミュージシャンとして参加しましたが、彼はベースではなくフィドルだけで参加しています。ベースでキャシー・チアヴォーラ(Kathy Chiavola、「Dillard and Clark」元メンバー)と、ギターのデヴィッド・グリア(David Grier)が彼らをサポートしています。このアルバムはガゼットによる初のフル・インストルメンタル・アルバムでした。アルバムは2つの「グラミー賞」を獲得しています。なおこれはローランドにとっての最後のアルバムとなりました。

a0038167_15195415.jpg1987年、アラン・マンデとジョー・カーは一緒にテキサス州でアルバム『ようこそ西テキサスへ(Welcome To West Texas)』を録音し、1991年にリリースします。

1988年になってガゼットは2回目で、これが最後となる「解散」をします。ローランド・ホワイトはグループを去って後「ナッシュビル・ブルーグラス・バンド」に加入します。

残されたアラン・マンデは、マンドリンとボーカルのダウン・ワトソン(Dawn Watson)、ギターとボーカルのクリス・ヴァンダーチュイン(Chris Vandertuin)、そしてベースとボーカルスティーヴ・ガーナー(Steve Garner)という若い未知のミュージシャンたちとグループを組みます。彼らはアランが1986年以来フルタイムで教えてきたテキサス州レヴェルランドにある「サウス・プレーンズ・カレッジ(South Plains College)」のブルーグラス・プログラムの元学生たちでした。新しいカントリー・ガゼットのメンバーは19899月に一緒に活動し始め、古典的なカントリー・ガゼットのサウンドを継承すると共に新しい音楽を創り始めます。

a0038167_15193459.jpg彼らは1990年春から夏にかけてスタジオに入り、ドブロの元メンバー、ジーン・ウーテンとフィドルとマンドリンのジョー・カーの助けを借りて新しいアルバム『キープ・オン・プッシング(Keep On Pushing)』のためのレコーディングを始めます。


新生ガゼットはデビュー・アルバムから20年近く経った今、再びアルバムのタイトル曲であるジーン・クラークの歌をレコーディングしました。アルバムにはブルーグラスのスタンダード曲あり、ウッディ・ガスリーの「Pretty Boy Floyd」(The Byrdsも収録)があり多彩な選曲となっています。

また同年、過去のアルバムの中から選曲された編集盤「Hello, Operator....This Is Country Gazette(Flying Fish)がリリースされています。

20年もの間、カントリー・ガゼットは常に独特のサウンドを創ってきました。そのバンド・スタイルの要素には音楽スタイルの多様性、またメンバーそれぞれのインストルメンタル・ワークを含むボーカル・アレンジ、ハーモニー・ワークなどがあります。アランはインタビューでこう語っています。「私たちの音楽には楽器の豊かさがあるので、ある楽器に集中すれば興味深く創造的なものを見つけることができます。また曲を強制するのではなく、曲のニーズに合わせて演奏を調整しようとします。それがガゼットの姿勢ですが、私たちはいつも音楽を演奏するのではなくブルーグラスを演奏するということに注意を払いました」


a0038167_15222760.jpg1994
年、ローランド・ホワイトはシュガー・ヒル・レーベルで2枚目のソロ・アルバム『Trying To Get To You』をリリースしました。ジーン・ウーテンはそのアルバムでドブロを演奏しています。


これにてカントリー・ガゼットの音楽歴を終わります。


[PR]
by scoop8739 | 2018-01-09 15:24 | カントリー・ガゼット
<< 247 至高のサウンド(その1) 245 カントリー・ガゼットの... >>