89 心の痛み

(Pain In My Heart)

1975年の日本公演を最後にトニー・ライスはニュー・サウスを去ります。この時彼は「二度とブルーグラスなんてやらないよ」という言葉を残しています。たしかにその直後に彼はカリフォリニアに住まいを移し、リチャード・グリーンらと共にデヴィッド・グリスマンをサポートして、ドウグ・ミュージックの完成に一役買うなど、ブルーグラスの世界から足を洗ったかのような動きをしています。

しかしトニーは、舌の根の乾くのを待てずに同年、「カリフォルニア・オータム」という名盤をリリースします。さらに77年には「トニー・ライス」、79年には「マンザニータ」と、2年おきにブルーグラスどっぷりのアルバムをリリースしています。この間、たとえ僚友サムブッシュがレオン・ラッセルとロックに活路を求めようとも、リッキー・スキャッグスがニュー・カントリー路線で華々しい世界に躍り出ようとも、トニーはもっともラディカルな方法論的実践者としてブルーグラスの王道を走っていったのでした。

a0038167_1944571.jpgそしていよいよ1981年、彼は常日頃想い描いていたプランを実践させるために、そうそうたるメンバーをカリフォルニアに集結させ、「正調ブルーグラス・アルバム」を作ることを決意します。バンジョーにJ.D.クロウ、マンドリンにドイル・ロウソン、フィドルにボビー・ヒックス、ドブロにジェリー・ダグラス、ベースにトッド・フィリップスという、その時点での最高のミュージシャンたちと共に、彼はブルーグラス名曲集を完成させたのでした。これが名盤「ブルーグラス・アルバム」(以降シリーズとなります)だったのです。

このアルバムは、ブルーグラス音楽創成期のフラット&スクラッグスの曲を中心に、ビル・モンロウや、オズボーン・ブラザーズ、ジミー・マーチンらの名曲を交え、トニーにとっては「ブルーグラスの方法論的実践者」の面目躍如たるアルバムに仕上がっています。この中に収録されているフラット&スクラッグスが1951年に録音した「心の痛み」は、J.D.クロウがスクラッグスを完全コピーし、トニーがレスター・フラットのような枯淡のリード・ボーカル、ドイル・ロウソンがカーリー・セクラーもどきの哀愁のテナー・ボーカルを聴かせてくれます。
Tony Rice / The Bluegrass Album Vol.1 (Rounder)

この曲のオリジナルは言わずと知れたレスター・フラットとアール・スクラッグスのフォギー・マウンテン・ボーイズです。彼らはコロンビアとレコーディング契約したものの、マーキューリーとの契約曲数が消化されておらず、1950年10月21日にこの曲を含む8曲がレコーディングされました。コロンビア移籍を前にして、彼らの意欲的でパワフルでスインギーなドライヴィング・ブルーグラス・サウンドが炸裂します。
Lester Flatt, Earl Scruggs & The Foggy Mountain Boys / The Complete Mercury Sessions (Mercury)

オズボーン・ブラザーズの代表曲の数々全24曲を、1980年代に再録音したオズボーンズのベスト曲集決定盤がCMHからリリースされてます。この中にこの曲も収録されています。
The Osborne Brothers / The Bluegrass Collection (CMH)

ビル・キースがデヴィッド・グリスマン・グループと組んで作ったアルバムにもこの曲は収められました。ギターはトニー・ライス、フィドルにリッキー・スキャッグス、ドブロにジェリー・ダグラス。当時もっとも活きのいいプレイヤーとの共演でした。
Bill Keith / Something Bluegrass (Rounder)

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by scoop8739 | 2005-04-30 19:52 | 不朽の名曲
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