47 セッション・アルバムのヒット・メーカー

a0038167_9425295.jpgデヴィッド・グリスマンの創る「ドーグ・ミュージック」は、かつてグレート・アメリカン・ミュージック・バンドで試みたジャズやロックの即興演奏を用いたアコースティック・インストゥルメンタルによるニュー・ミュージックを目指したものです。しかしブルーグラス・ファンに理解されるのにはまだまだ十分な時間が必要でした。

そこでグリスマンはグループのメンバーを中心とし、さらに当代一のミュージシャンを加えてブルーグラス音楽とドーグ・ミュージックの橋渡しとなるようなアルバムの制作を企画します。そのアルバムは、グリスマン自身が長年に亘って暖めていた「良質のブルーグラス・アルバムを作りたい」との思いを実現させたもので、それはブルーグラス・ファンが楽しめ、しかも日頃ファンが聴いたことのない曲ばかりで構成されたものでした。

そのために起用されたミュージシャンは、グリスマン好みの凄腕ばかりでした。まずバンジョーには先の「ミュールスキナー」で共演したビル・キースを、そしてフィドルには「オールド・イン・ザ・ウェイ」で当代一のテクニックを聴かせてくれたヴァッサー・クレメンツ、ギターとボーカルはJ.D.クロウのニュー・サウスを離れグリスマン・クィンテットに参加してきた才人トニー・ライス、ドブロは同じくニュー・サウスをトニーと同時期に辞めたジェリー・ダグラス、そしてベースにはグレイト・アメリカン・ミュージック・バンド以来グリスマンと行動を共にしているトッド・フィリップスというメンバーが集まります。

さらにこれらのミュージシャンを補強するかのように、テナー・ボーカルとセカンド・フィドルにはジェリー・ダグラスと行動を共にするリッキー・スキャッグス、きれいに整理されたマンドリンを弾かせたら右に出る者がいないと言われるバック・ホワイトをセカンド・マンドリンに、そしてミステリアス・バンジョーことセカンド・バンジョーには、ビル・キースを敬愛してやまないカントリー・クッキングの名手トニー・トリシュカと、それはそれはよくもここまで揃えたものだとファンを唸らせる顔ぶれでした。

何はともあれ、グリスマンの考える最高のミュージシャンで良質のブルーグラスを聴かせるというコンセプトに従って、このアルバムを聴いてみようではありませんか。

David Grisman Rounder Compact Disc(Rounder)
1. Hello
2. Sawin' on the Strings
3. Waiting on Vassar
4. I Ain't Broke (But I'm Badly Bent)
5. Opus 38
6. Hold to God's Unchanging Hand
7. Boston Boy
8. Cheyenne
9. 'til the End of the World Rolls 'Round
10. You'll Find Her Name Written There
11. On and On
12. Bob's Brewin'
13. So Long

まずは1曲目「ハロー」はイントロにあたる短い曲です。ジミー・マーチンとサニー・マウンテン・ボーイズが挨拶代わりに歌っていたもので、ジミーのバンドはこの曲に続いて「トレイン45」を演奏していましたが、グリスマンはドン・リーノウとレッド・スマイリーの「ソーイング・オン・ザ・ストリングス」という隠れた大傑作を持ってきて選曲の冴えを見せてくれます。

続いての「ウェイティング・オン・ヴァッサー」はヴァッサーのことを書いたグリスマンの作品です。ドーグ・ミュージックにあまり馴染みのないジェリーにとっては、難解なコード進行でセッション経験の浅かった当時はずいぶんと手こずったようです。

4曲目はこのアルバムのハイライトであり、普段あまり聴かれないような曲で構成された中でも最たるものです。実はこの曲、グリスマン所有のビル・モンローのライヴ・テープに収められていたものだそうですが、リッキーの大真面目な熱唱が聴かれます。さてさて続いて現れたのはグリスマン一連のマンドリン組曲の一つ、イギリスの雰囲気を漂わせたオールド・タイム・フィドル・チューンにオリエンタル・ムードが混ざったようなミステリアスな曲です。

6曲目は1曲目同様、ジミー・マーチンがよく歌っていたものだそうです。7、8、10、11曲目はグリスマンの敬愛するビル・モンローの作品です。わりとポピュラーなものやあまり知られていないものなどうまい具合に選曲されています。9曲目はフラット&スクラッグスの1950年代中期の作品です。グリスマンのリードにリッキーのテナー、そしてトニーのバリトンが聴かれます。最後の曲「ソー・ロング」は1曲目のイントロを真似て短いコーラスで締めくくられています。この曲も実はジミー・マーチンがショーのエンディング曲としていたものなのだそうです。

この時期、「ミュールスキナー」や「オールド・イン・ザ・ウェイ」の成功を受け、相次いでセッション・アルバムがリリースされ始めます。まさに新旧入り乱れてのセッション・フィーバーとなった訳ですが、常にその中心となったのがこのアルバムの仕掛人デヴィッド・グリスマンに他ならなかったのでした。以来、ブルーグラスにはセッションがつきものとなってきますが、ブルーグラス・ファンの期待と興奮を満たすものはそんなに多くはありませんでした。それでもグリスマンが手掛けるものはこれ以降もレベルの高いものばかり、常にファンの欲求を満たし心ときめかせ続けたのでした。それはグリスマン自身が一ファンとしてブルーグラス音楽を愛し、またアルバム作りに全力投球したからなのでしょう。
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-10-01 09:41 | ブルーグラスの歴史
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