40 幻のバンドだったニュー・サウス

a0038167_946680.jpgアール・スクラッグス・スタイルのバンジョー奏者の中ではもっとも正当な後継者と言われ、ジミー・マーチンのデッカ時代初期のバンジョー奏者としてその名を轟かせていたJ.D.クロウは、生誕地ケンタッキー州レキシントンに本拠地を移し、「ケンタッキー・マウンテン・ボーイズ」といういささか古めかしい名前のバンドを結成し活動していました。

このバンドには左利きのフィドラーのボビー・スローンに、ドイル・ロウソン(マンドリン)、ベテラン・シンガーのレッド・アレン(ギター)が加わり、1968年に「ブルーグラス・ホリデイ」(CD化されていません)というアルバムを残しています。このアルバムでレッドの磨き抜かれたイブシ銀のようなボーカル、ドイルの淀みなく流れるタイトなマンドリン演奏とテナー・ボーカル、そしてJ.D.の華麗なるビッグ・バンジョーのサウンドを聴くことができます。また彼らは新旧交代の転換期にあったブルーグラス界において最高のオーセンティック・ブルーグラス・バンドの評価を得て、同時にベテラン・ミュージシャンの底力を見せつけたものとして大いに話題となりました。

しかし、残念ながらこのアルバムを最後にレッドがバンドを去ります。J.D.はすぐさまカリフォルニア生まれの若手マンドリン奏者ラリー・ライスをバンドに迎え、サウンドおよびレパートリーに一層の強化を図ったのでした。

ラリーはそれまで西海岸では少しは知られたモダン・ブルーグラスのバンドで演奏しており、ブルーグラスのスタンダード曲に加えて、当時の西海岸で流行していたフライング・ブルトウ・ブラザーズのカントリー・ロックやディラン・ソングなどをレパートリーとしていました。これによりケンタッキー・マウンテン・ボーイズは演奏スタイルがぐっと新しくなります。ラリーの加入後に作られたアルバム「ランブリング・ボーイ」(これまたCD化されていません)は変身後のもので、ラリーとレッドの年代的な差がそのまま現れているようです。

1971年、J.D.の片腕的存在だったドイルがカントリー・ジェントルメンに移籍すると、兄ラリーの誘いに応じた形でトニ−・ライスがブルーグラス・アライアンスを抜けバンドに入団してきます。アライアンスで培われたトニーの音楽センスはラリーやJ.D.の意識をも変えていきバンドは益々プログレッシヴな方向へと導かれていきます。

そして72年夏にJ.D.は気分一新して、バンド名をいかにもニューグラス的な装いを凝らした「ニュー・サウス」と改め、同時に一気にコマーシャルに乗るためかオズボーン・ブラザーズにならいエレクトリック・ブルーグラスにイメージ・チェンジを図ります。しかしこれは時期尚早だったのか不評を買う結果となってしまいました。そこでバンドは起死回生を図るかのようにレキシントンの「ホリデイ・イン」に籠り、そこで沈黙の1年間を過ごしたのでした。

74年に再びフェスティバルに現れたニュー・サウスは、かつてのケンタッキー・マウンテン・ボーイズ時代の小気味よいモダンなスタイルが鮮やかに復活していました。トニーのギター・ワークも年相応の重みと貫禄が漂い、レスター・フラットに傾倒しているというそのリズム・ギター、クラレンス・ホワイトから得たブルージーなリード・ギターも一層の磨きがかかったものとなっていました。この間、トニーのアルバムをサポートするもののバンド自体のアルバムは作られておらず、彼らは相変わらず「幻」のバンドとしてブルーグラス・ファンからは遠い存在だったのです。

ところがそんな彼らに1975年2月、ラウンダー・レコードとの契約が成立してアルバムが製作されます。待望久しかった彼らのアルバムですが、残念ながらラリーが録音寸前にバンドを辞めてしまいます。しかしラリーの後釜としてやってきたのが若手ながらセッション・マンとして活躍中のリッキー・スキャッグス(フィドル・マンドリン)とジェリー・ダグラス(ドブロ・ギター)の2人でした。これにオリジナル・メンバーのボビー・スローン(ベース)が加わって5人組の若いエネルギーが揃いました。

J.D. Crowe & The New South (Rounder )
1. Old Home Place
2. Some Old Day
3. Rock, Salt and Nails
4. Sally Goodin'
5. Ten Degrees (Getting Colder)
6. Nashville Blues
7. You Are What I Am
8. Summer Wages
9. I'm Walkin'
10. Home Sweet Home (Revisited)
11. Cryin' Holy

タイトル曲「オールド・ホーム・プレイス」はディラーズの当たり曲として有名です。2曲目「サム・オールド・デイ」、3曲目「ロック、ソルト・アンド・ネイル」はトニーが尊敬するレスター・フラットのナンバーです。次の「サリー・グッディン」では、師であるクラレンス・ホワイトを凌ぐような腕前に成長したトニーのリード・ギターが聴かれます。アライアンス時代から歌っているのでしょうか、トニーの歌う曲にはゴードン・ライトフッドのものが多いのですが、5、7曲目がそうです。珍しいところで9曲目「アイム・ウォーキン」はロカビリー・シンガー、ファッツ・ドミノの作品です。

シンコペイトしたフレーズ、ツボを得たタイミング、そして美しい音色と、トニ−の即興的なギター・プレイはブルーグラス・ギターに新たな世界を広げました。さらにリッキーの弾むようなマンドリン演奏と透き通ったテナー・ボーカル、そしてジェリーの音数の多い元気一杯なドブロ演奏、流れるごとく華麗でしかもタイミングのよいJ.D.のバンジョー、ニュー・サウスが創るサウンドはオーセンティックをベースとしながらもどこか垢抜けていました。ところでこのアルバム「J.D.クロウ&ニュ−・サウス」は話題も先行し遂にベスト・セラーとなります。

彼らは1975年8月にこのメンバーで初来日を果たします。ボクも大阪まで出かけていって彼らの演奏を聴きましたが、まさに噂に違わず「幻」のバンドの実力を目の当たりにして興奮しました。このコンサートの模様はLPとなって発売されましたが、残念ながらCD化はされていません。
(次回につづく)

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by scoop8739 | 2004-09-21 09:44 | ブルーグラスの歴史
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