229 時系列で聴くカントリー・ジェントルメン (64)

レベルへの録音 (21)

年が変わり1968年に入ると、カントリー・ジェントルメンはレベル社での2枚目のアルバムのためにレコーディングを始めます。録音場所はメリーランド州クリントンにある「ロイ・ホーマー&アソシエーツ」でした。

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1月に4回、計12曲のセッションを行っています。この中から、以前に録音していた曲を合わせ、全12曲のアルバム収録曲を決めます。

まず1月9日、この日の録音は次の3曲でした。

「バッファロー・ガールズ」(Baffalo Girls)は伝統的なアメリカの歌で、1844年に黒人役俳優吟遊詩人ジョン・ホッジズにより書かれ、「ラブリー・ファン」(Lubly Fan)というタイトルで出版されました。その後アメリカ国内で広く流行したため、彼は各地の聴衆に合わせるように歌詞を変更しています。例えばニューヨークでは「ニューヨーク・ギャル」であったり、ボストンでは「ボストン・ギャル」となり、またアラバマでは「アラバマ・ギャル」と歌われています。この曲をジョンとエディがインスト曲としてアレンジしました。

「美しき人生」(A Beautiful Life)は、神の子として日ごと善行を積むことを善しとする行き方を歌ったセイクレッド曲です。1918年にウィリアム・ゴールデンによって作られたこの曲は、モンロゥ・ブラザーズを始めビル・モンロゥやスタンレー・ブラザーズ盤でも有名です。ジェントルメンは正統派4部コーラスで歌います。ここではエド・フェリスのバス・ヴォーカルを聴くことが出来ます。

「かの地への求道」(I’m Working On A Road To Gloryland)も前曲に負けず劣らず日々の善行を歌ったセイクレッド曲です。作者はレスター・フラットで、195159日にフラット&スクラッグスとしてコロンビア・レコードにシングル盤用に録音しています。ジェントルメン・バージョンでは、ギターの間奏はジョンだと思われます。コーラス部のリードがチャーリー、テナーがジョン、バリトンがエディ、そしてバスがエド・フェリスです。ただしバスのソロはエディが担当しています。

翌1月10日には、次の2曲をレコーディングしました。

「ボーダー・アフェア」(A Border Affair)はジョンの愛唱曲です。この曲には3、4の別名があり、カナダのフォーク・デュオ「イアンとシルビア」がアルバム「四つの強い風」(Four Strong Winds)の中で収録していて、「スペイン語は愛の言葉」(Spanish Is A Loving Tongue)というタイトルで歌っています。チャールズ・バジェット(あなぐま)・クラークによって作られ、この曲を最も有名にしたのがフォーク歌手のリチャード・ダイアー・ベネットでした。我が国ではモダン・フォークの初期に学生フォーク・バンドに愛された曲で、杉田二郎なんかが得意としていました。後に高石友也とナターシャー・セブンによって「ミ・アモール・ミ・コラソン」という題名で歌われています。

「南部の兵士」(Johnny Reb)はエディがジョニー・ホートンのアルバムから学んだ曲です。作者はマール・キルゴアという人で、彼はカントリー歌手のジョニー・ホートンとトミー・ローためにこの曲を書いています。ジェントルメン・バージョンではエディのリード・ヴォーカルで歌われます。なお、チャーリーは12弦ギターを使用しています。


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# by scoop8739 | 2017-10-19 13:33 | カントリー・ジェントルメン